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東京で見る俵屋宗達

二年ぶり俵屋宗達を堪能した。「名作誕生-つながる日本美術」という企画展を東京国立博物館で先月より開催している。東京で宗達が見られるとはラッキーと思いながら開催して丁度一ヶ月目で出かけたことになる。残すことあと2週間でさすがに焦って本日早朝に出かけオープン前に並んだ。それから一週間後展示替えに合わせて再度出かける。
 持ち前のせっかちがこんな時にも出る、最初を飛ばして宗達のコーナーに向かう。まずは見事な扇面貼付屏風が2点。圧倒される。何といっても華麗な屏風。宗達のものは往々にしてインパクトがある。それは基本的に見る人の心を高揚させることから始まるという創作理念があるからなのではないか。多分にその背景にはいわゆる市場論理が働いている。といっても奇をてらうことで見る人の気を惹くということはやらない。あくまでその基軸は美しさである。
 扇面散らし屏風はそれでなくとも華やかなのに宗達の手にかかると深い芸術性を帯びる。
芸術とは人の感情に働きかける力を持もつことである。そんな仕掛けを持ったものならばだれもが所有したいと考えるものである。そのようなモチベーションの喚起が宗達の作品の原点にある。高価なものは今回の屏風のようなもの、手ごろのものはその屏風に貼り付けられた一個の扇子。そこには明快な価値があり一般的な意味での市場価値がある。
 私が再度、宗達展に出かけた理由はもう一つの扇面散貼付屏風を見たかったからである。というのは私が拙作「宗達はじまる」を書いた際、角倉素庵から依頼を受けた屏風のイメージ近い作品だと思ったからだ。その際、屏風全体の大宇宙の中にいくつかの小宇宙とでも言える扇面画を配することくらいのことを宗達なら考えるに違ないという仮説の元で架空の屏風を創作したのであった。一回目に宗達展で購入したカタログを家で見た際に小説に書いた想像上の屏風があったのを見かけて、もう一度出かけたのである。即興的に描いた、流れるような風景がまさにこれだと思わせたのである。小説では一週間足らずでつくり上げた扇面貼付屏風なので扇面の絵も精緻というより、かなりダイナミックになったであろうと思えた。宗達はベースになる屏風を仕上げ、弟子たちが数人で扇面画の一つ一つを描いたと想定したので全体の躍動感が何とも高い集中力のもとで描かれたことになる。
 この屏風には17枚の扇面画があるが、これを宗達はどのようにレイアウトしたのか分からなかったがあらためて思ったのは何か扇子を持って舞を踊った際の扇子の動きを一つ一つ切り取ったのではないかということを思った。私の小説では竜田川に落ちた扇子が川の流れに翻弄されて流された景色に則って配置したと考えたのである。
 小説で描いた作品は宗達の最初の屏風作品となっているが初めての大作を描くにあたり苦心したことはそこに何を描くかということであった。宗達のアイデアとは、”時間”をどう描くかという事であった。物理的に小さな扇子は瞬間のスチール写真で良いが屏風ではもっと新しい概念を取り入れなければならないと考えたのである。その究極の作品が有名な「舞楽図屏風」である。宗達は屏風と扇面という二つの物理的な大きさの違いに着目する。その着眼点は描かれたものが持つ実用的な価値を追求し続けた絵師ならではの着想という感じがするのである。
 例えば尾形光琳の描いた「紅白梅図屏風」はどう見ても抽象的な絵画である。左右の梅ノ木と中央を流れる川のレイアウトの発想は基本的に着物の柄の着想だ。その価値は3つのテーマが何とも美しく近代的な抽象画のような意味合いを感じさせることによる価値なのである。結果として尾形光琳はいわゆる近代の抽象画作品を描いたことになる。光琳はその点で基本的にまさに装飾画の大家であるといえるであろう。
 宗達の作品の一つひとつを見るとよくわかるのであるがそこには難解な抽象性はない。一つひとつが物理的に科学性を持った理念で貫かれているのである。たとえばもっとも有名な「風神雷神図屏風」思い起こしてみよう。あの絵の左右に配された風神雷神は天上の空間にいるのである。したがって、そのレイアウトにはその無限の空間を描く必然性が画家に突き付けられたのである。自分勝手には描けない課題として宗達は捉えたのである。宗達と光琳にはそのような絵に対する考え方の違いがあるといえる。
 では宗達は純粋美術としての抽象画を描くことが出きなかったのか?という疑問を払拭したのが「蔦細道図屏風」であろう。私も数多の屏風を見てきたがこの屏風には圧倒されたといっていい。これほどダイナミックで美しく、視覚に訴えたものを見たのは初めてである。また、これほど大胆な構図が今から400年も前に描かれたことが信じられないのである。
 多分、烏丸光廣からの発注と思われるこの屏風は伊勢物語の一情景を描いたものであるがその一コマの物語を屏風という機能的な、そして巨大な画面に描くことを宗達が日夜考えた結果、あのような絵画になったのである。その中では光廣によって書かれた伊勢物語の一節が音となって聞こえてくるから不思議である。
 今回のいくつかの宗達作品を見ながら私がいつも感じたのは宗達がそれらの絵を描く時に考えた時の気分というか葛藤のようなものである。多分、だれもが経験したことがあると思うが難解な課題を突き付けられたときに起こる、その時の気持ちである。どういうわけかあの小説を書いてから、不思議なことに時間空間をこえてその時の宗達になってしまう感情が最初に出てくるのである。俵屋宗達に同化できる能力を獲得したようなのである?つまり、こう云うことだ、たとえば雪舟や若冲の絵は間違いなく客観的に見ているのであるが、宗達の作品は、主観的に見てしまうのである。それも描いている時の創作風景までをも考えてその絵を見ている自分に気付いて苦笑してしまうのである。そのあたりがあの小説を書いたことによるご褒美かとも思えるが。
 私はもう少し暇になったら「宗達はじまる」の本編とでもいうべき、より精緻な小説を書きたいと思っている。宗達の内面や彼が生きたあの時代の空気感とでも言えるものをキチンと描きたいのである。

泉利治

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