ブランドワークス

Column

発想と石黒博士

 本考を書くにあたって一番難しいのはどんなテーマについて書くかを決めることである。基本的にマーケテイング&ブランディングに関するテーマを書くということと政治&宗教に関するテーマに深くかかわらないという二つの&のポリシーを守り、自身の文章力を高める目的で6年くらい書いている。めざしていたのは「ヘンリーライクロフトの私記」のイメージがあった。また、司馬遼太郎の「この国のかたち」があった。しかし、現実はそれに比べるとエラク即物的で、生々しい。ビジネスいう戦場から逃れた人間が牧歌的な精神で書くようなものになったようだ。
 現実的な問題として毎週月曜日に掲載される本考は私にとっての連載小説のようなものである、まったく読者がいなくともだ。この連載物、一番苦労するのがテーマの発想である。何を書くか?できたら、初めてのテーマについて書きたいし、同じテーマでも違う側面からのアプローチを書きたい。そんな中で一番心配なのが昔こんなことを書いたな?と思うようなことである。歳をとったので昔の記憶に自信がもてないので、このあたりが困った問題である。
 発想について考える。私は仕事柄その発想に人生をかけてきた感じがする。それは決してオーバーでない。納得のいく発想が出る準備を用心深く行うというのが私の仕事人生の主たる仕事であった。発想の始まりはアイデアであるが、そのアイデアは不思議なカタチをとる、一瞬の閃きでありながら全体の細部まで規定しているようなところがある。小説のアイデアであるなら、いわゆる起承転結が一瞬にして閃くのである。また、一種のクライテリアのような判断基準のようなものも一緒にして生まれる。
 以前にも書いたことがあるがデザイナーとして職業経験のある私はそれでなくとも発想やアイデアを求められるホンダという会社に勤めたのが運の尽きであった。創業者がそれで起業して世界の名だたる会社にした。その上、その社長がまだ一線で働いているとしたら発想やアイデアを当然、全社員にも求めてくる。3Mという会社は全就業時間の15%をそのような時間に使うべしということが決められているようだがホンダの場合は100%そうであれという感じであった。
 そうなるとさすがに何日かすると胃が痛くなる。胃がそんなに強くない私は正直辛い日々を送ることになる。たとえばデザイナーはその発想やアイデアを絵にしなければならない。ということはその発想とアイデアは即座に評価されることになる。絵にするという事は多分に俳句や歌をつくる人がその作品を即座に評価されることと似たところがある。だれでも絵にしたものを見ると今まで世の中になかったものだとか、面白いとか、アイデアがいいとか、女性受けしそうだとか即座に判断される。
 一番つらいのは絵を描いた本人が誰よりもそれが分かることだ。つまり、結果が分かることである。また、数の問題もある。一枚しか書けなかったのか、10枚描いたのか?それはその人間の発想やアイデアの豊かさのバロメーターになる。一時間かそこらでそのデザイナーの能力がたちどころに分かってしまうのである。自尊心があるデザイナーには辛い瞬間でもある。思い出すと胃のあたりがムス痒くなる。
 また、当時、ホンダでは一年に一度、全社員対抗戦とでもいうべき「アイデアコンテスト」なるものがあって、個人戦、職場戦が大々的に繰り広げられた。このコンテストは事業所レベルでは個人戦だが、グループ企業レベルでは事業所戦、会社戦になる。全社挙げてそうなるのでデザイナー個人へのプレッシャーは半端ではなかった。運よく私は楽しめた。数学型の頭ではないが発想型の頭だったからだ。そのうえ発想とアイデアのターボチャージャーとでもいうような装備が施されていたからだ。
 アイデアや豊かな発想は目覚めた時に生まれるのである。私は眠る前にアイデアや発想が出るように準備してよく寝たものである。不思議に目覚めてから一時間以内でその問題は解かれる。その後、それはデザイナーを卒業してからも同じようであった。
ブランドマーケティングプランナーだった頃こんなことがあった。カゴメ社の仕事をしている時、「オールベジ」という100%野菜で出来たジュースのブランドアイデンティティの仕事に携わった。最初のネーミング開発では全て野菜のジュースなのだから、オール・べジダブルから取って「オールベジ」という名前が決まり、パッケージには「ALLVEG」という英語のブランド名を前面に表記することになった。
 ところがこの商品は価格が高いので健康を気にする本物志向の熟年の人たちがターゲットになった。そうするとアルファベットの商品名はどうもしっくりこないと判断を下された。その世代には分かりやすい日本語の商品名がふさわしいということなのだ。とすると商品名を変えるのがベストであるがパッケージデザインの方向も決まったので今更、英文ロゴを変えるわけにはいかない。となるとステートメント、いわゆるタグラインのようなもので熟年の人に馴染みのある日本語の言葉があればいいということでオールべジを補足する何らかの日本語コピーを開発することになった。
 新聞広告なら気の利いたコピーライティングでも付加すればよいのだが、小さい缶ジュースに記載できるわけはない。胃が痛くなる状況がお分かりになると思う。その時、カゴメ社の石黒専務というトマトと野菜の権威から野菜のレクチャーを受けた。この方はまさに野菜の伝道師のような方で現在の野菜ブームをつくった人であるが、私とは同年齢で家族構成もまったく同じということで何かとお世話になっており詳しい説明を受けたのである。
 野菜の栄養はレタスやキャベツのような「葉」、ピーマンやトマトのような「果」、セロリやアスパラガスのような「茎」、大根やニンジンのような「根」、がありそれぞれ異なる栄養素を持っているので、それをバランスよく摂るとことが理想的なのだ、ということなどを石黒博士からレクチャーを受けたのである。レクチャーの中身の濃さと深さはまさにオールべジのジュースそのものなのだがそれをどう表現したらよいのだろうか、かなり考えた記憶がある。
 何回、朝を迎えたろうか?アイデアが出ないまま明日プレゼンテーションという時、朝の出勤で東京駅の地下4階の横須賀線のエスカレータ―を乗り継いでやっとの思いで改札口のフロアーの下りた途端、突然「ヨウ・カ・ケイ・コン」という音が鳴り響いた。「葉果茎根」をつないでそれぞれの漢字を訓読みに読んだのである。漢字のうえに、音もイイ、意味もダイレクトに伝わる。これなら熟年のメインターゲットには刺さるだろう?詳しくはネットで見ていただきたい。発想やアイデアとはこのような感じで出るものなのだ。石黒博士の素晴らしい野菜の最先端の知見を漢字四文字で表現したことになる。何か月かして石黒博士から電話があって、ヨウカケイコンをレクチャーで使いたいが、ということわりの連絡である。博士は創造的な世界で生きてきた人なので私のアイデアを断りなしでは使えないと思ったのだろう。誠実な人柄をものがたる思い出である。博士のお蔭で全ての日本人は野菜の大切さを教えられたのである。

泉利治

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