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Column

老々介護

 一年に2度ばかり97歳の義父をそれぞれ一月ばかり面倒をみる。私が71歳なのでまさにその間は老々介護をするわけである。とはいっても彼の娘である我が妻が一番大変で私はお風呂に入れてやるくらいなのではあるが。では、97歳の人間とはどのような行動をするものなのか非常に興味があった。というのは私が若いころ、歳をとることに対して一種の憧れとも言えないような微妙な思いがあったからだ。
 人間は自己増殖する生物で、日々、自己研鑽をモットーとしている人間は歳とともに賢くなるはずだ、というような仮説をもっていた。少なからず、私の尊敬するバートランド・ラッセル卿は98歳まで生きて、名実ともに世界のソクラテスになったのではないか?と思ったからだ。以前にも書いたが87歳のころのBBCのインタビューで話したラッセル卿の話は87年にわたり生きてきた人間ならではの言葉であった。
 いつしか私の中で87歳まで生きればああなるのか?そして98歳なら、もっと凄いということを真面目に思っていたのである。しかし、その年齢まで生きている義父を見る限りその読みに自信が持てなくなってきた。私の義父だが体はまず、信じられないくらい健康。よく食べて、よく眠る。食べる量は私たちとほぼ変わらない、私たち以上食べるかもしれない。間食が多い、といっても飴を舐める。その量たるや飴一袋を2日くらいで舐めきってしまう。その理由はこうである。
 ともかく一日20時間近く寝ている。起きてくるのは3度の食事と風呂に入るくらい。ところが1.5時間ごとトイレに起きてくる。夜中も5回近くトイレに行く、そうしてまた寝るのであるがその時にどうも飴を口に入れて眠るらしい。起きているのが辛いらしく、部屋に入って横になるという。したがって、その時、口に飴を放り込むのである。で、なぜ、虫歯にならないか?理由は簡単で総入れ歯で、歯がないからである。そんなことから飴は歯が無くとも楽しめるお菓子だからだ。
 現実としてかれの世界は夢と現実の入り混じったものである。起きてきて話をするとばあちゃん(彼の昨年亡くなった妻)がああした、こうしたと話すその現実味はまさに生きているばあちゃんそのものなのである。もしかすると夢が現実で起きている時が夢なのかもしれない。97歳にもなると起きていることが辛いようだ。だが、健康体なのである。その健康体を維持するために20時間の睡眠時間が必要らしい。
 前回、来たときに比べ自分の意志で何かをしたいという事がほとんどなくなった。すべてが受け身になってくる。少なからず理性としては自分の世話をしてくれる人に対して素直であることが一番いいと思っているようである。元来、そんなに自分を持っている人ではなく、頑固なところもない人であったのでそんなに手のかからない老人かもしれない。
 半年くらい前に世話をしたがその時に比べると確かに寝ている時間が多くなり、自分の部屋でテレビを見ることもほとんどなくなった。好きな番組は高校野球を見ることぐらいなのでいまそれを放映していたら観るか?そのへんは分からない。勿論、活字を読むことはこの10年はないのではないか、昔から新聞以外の活字を読んでいる姿は見たことがない。
 また、今回変わった最大の点はすぐに泣きだすことである。起きてきて私をみたりすると泣き出すのである。その理由を察するに自分を世話をしてくれているという理由からであるらしいが、怖くて泣きだすという事ではないようである?
 人生をはかる考え方で分かりやすい言葉に”Quality of Life”という言葉がある。一人ひとりの人生の質ということと、社会的に見た生活の質という事であるが、前者に関しては本人でないと判らない部分が多い。ある人によれば高校野球を見るだけが楽しみの人生なんてQOLが低いととらえるかもしれないがそれは本人しか判断ができない。義父の人生を60年以上見てきた妻の話によると昔から高校野球が大好きだったの!という話なのでそれを97歳になっても楽しむことができるという事はQOLが決して低いという事ではない。では一般的に見た人生の質はどうであろうか?ともかく、二人の娘に世話になっているのである。これも考えてみれば幸せな気がしないではない。
 驚くべきことに2020年にオリンピックを日本で開催することは分かっていてそれまでは生きていたいという意志を持っているのである。私にその時はいくつになるのか?と聞いたので“99歳だよ”と私が答えると感慨深そうな表情をするのだ。オリンピックは彼にとって巨大な高校野球のようなものなのだろう。
 オリバー・ウェンデルン・ホームズという偉大な判事がアメリカにいた。彼の最晩年、国家に貢献したかれはワシントンに住んでいた。ある日、アメリカ大統領がかれのご機嫌伺いに立ち寄って、ひとしきり話をして帰り際に彼がそれまで読んでいたという本が机の家に載っていた。プラトンである。大統領はプラトンだね?と聞くとホームズは“精神を鍛えるためです閣下”とこたえたそうである。
 肉体と共に精神を鍛えるという事もあるのだとその話を思い出すたびに思うがかれにとってはプラトンは我が義父の高校野球のようなものなのだと思い直した。先に書いたラッセル卿の97歳の状態は調べたが分からなかった。ただ、87歳の時にBBCのインタヴューに対して答えた内容はまさにソクラテスのような話であった。もし、かれがなくなった枕の近くにプラトンがあったとしたらかれのQOLは高度に維持されたまま生涯を終えたことになる。

泉利治

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