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Column

櫻谷と漱石

ここ何年か京都は観光プロモーションの目玉として日本画のアーティストに焦点を絞り一年をとおして観光客を引き寄せる戦略で大成功をしている。昨年は伊藤若冲、一昨年は琳派である。その延長線上で見ると今年は木島櫻谷だったのではないかと思われる。しかし、そのネームバリューのせいか今年の京都市、全市をあげて木島櫻谷というようにはならなかった気がしている。ピークは10月から11月にかけて、泉屋博古館で「生誕140年記念特別展 木島櫻谷―近代動物画の冒険」、京都文化博物館で「木島櫻谷の世界」、櫻谷文庫で「京都市指定文化財 木島櫻谷旧邸 特別公開」が開催された。
私はスケジュールの関係で残念ながら京都文化博物館のものしか見ることが出来なかったがあらためて櫻谷の絵師としての力量やその人となりを知ることが出来た。本考でも何年か前に木島桜谷というタイトルで書いた記憶がある。その時は泉屋博古館の東京分室で櫻谷の「寒月」が展示されたので大雪を押して車で六本木まで出かけたのである。その時に観た寒月の凄さに圧倒されたのだがそれ以上に夏目漱石の陰湿な評論に圧倒された感があった。私はどうもあの男が苦手で、その作品を読んでもいないので、その評論を読んで苦手を通り越して嫌悪を感じるようになった。一度などはその二人の経緯を小説の一コマに取り上げたぐらいである。本考でも漱石の陰険ブリを吐露したと思う。
今回、NHKの日曜美術館で木島櫻谷を取り上げたが、その時、漱石の孫なる人物が出て漱石のその評論をみてしきりに謝っていたのには驚いたが、現在それを読む限り美術評論というより美術中傷としか思えない内容である。持病持ちの漱石の体調が悪かったのか?家で夫婦喧嘩をした後に櫻谷の「寒月」を観たとしか思えない内容である。

櫻谷の評価はその漱石の評論を境に坂道を転げるように低迷してくるのだが櫻谷はそんなことを気にかけずに自身のペースで絵を描き続けるのだが、反ってかれはそのことでやっと自分のすきな絵を描くことが出来ると思ったのではないかと思われる。というのは櫻谷が京都画壇で注目をされた第一の理由は師である今尾景年の身びいきで何となく次世代を担う絵師というように本人の意思とは別に勝手に押し上げられた感があるからである。
例の「寒月」も師の今尾景年がこれを一等にしないと審査員を下りると横山大観と争って力づくで一等にしたことによって一等になったようで、この世界ではこの件が何となく尾を引いてその後の櫻谷に決していい結果をもたらさなかった気がしている。実力があるのに親の寄付金の大きさで名門校に入学した生徒のように思われたのだろう。実際は実力がある画家なのにである。
今回木島櫻谷の絵で最も注目されたのは「かりくら」という二人の武者が馬を駆って狩りをしている躍動感と緊張感のある絵であった。その絵は櫻谷の旧邸の蔵に粗末に立てかけられていた絵を探し当てて何年かかけて修復し甦らせた絵で確かに文展で三等に入選した作品なので、私は直接見ていないが、テレビや写真で見る限り見事な絵で櫻谷の技量を見事に語っているのではないかと思われる。
京都文化博物館の櫻谷の絵で私が一番感心したのは贔屓筋の人から旅に出かけたら必ず絵葉書を送るようにと言われていたので見事なまでの絵ハガキ作品が必ず送られてきたことである。その絵にかいてある文章も達筆で書かれているのでそれ自体が一幅の絵になっているのである。いくつかの絵を見ていると日本画は基本的に書とリンクしており、一筆で書かれる緊張と一瞬の技の集積なのではないかと思った。古木の枝は全て一筆で描かれておりそこにはごまかしができない、そして、やり直しがきかない厳しい技術の世界なのだという事である。
そんな緊張の世界で生きてきた櫻谷にとって夏目漱石なる門外漢の批評など歯牙にもかけなかったのではないかとも思われる。かれは晩年、京都の北にある衣笠村に移り住んだが都の喧騒から距離を置いて絵師三昧で余生を送りたかったのであろうか?元来、裕福な家庭で育ったかれにはそんな名声など望むべくもなかったような気がしないではない。そのあたりが不遇であった漱石の狷介さとは対極にある幼年時代である。いわゆる名声欲よりも自分の描きたい絵を描き続けて生涯を全うした櫻谷と常に不幸な人間関係と病にとりつかれていた漱石の人生をものがたるのかと思ってしまう。あの批評は臆面もなくネット上で見るような何とも不愉快なものを感じるのは私だけでないであろう。
後年、狸の絵を好んで描いたらしく「狸の櫻谷」と言われたそうであるが狸の持つユーモラスな姿に惹かれたようであるがそのあたりがいかにも櫻谷らしい。日本画家が動物画を積極的に描いたことを初めて知ったのは竹内栖鳳によってだが、栖鳳の場合は何となく既成概念化した日本画への挑戦という意味を強く感じて無理をしているなと感じたが、櫻谷の場合は心底動物が好きなのだという感じなのである。
今年は櫻谷生誕140年という意味でのキャンペーンなのだが来年は誰になるのか楽しみである。それにしても京都は数多の画人がいるので毎年キャンペーンが可能であろう。そう言えば東京では今年、何となく運慶にフォーカスを当てたようであったが全都をあげてというわけにはいかなかったようである。今になってみれば上野動物園のパンダの方が注目を浴びている。もし櫻谷が健在ならばパンダを見事に描いたであろう気がする。

泉利治

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