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Column

血とバラ

 この「慎慮と洞察」というコラムの355回目を今回書くことになるのだが、すでに昔、書いたことを忘れてまた同じことを書いているのではないかという不安に時々苛まれる。今回もそんな気がするテーマである。今回のそれは自分の生き方や考え方、価値観などのきっかけはどのようにして出来上がるのかというテーマである。私の場合、それが若いころに観た映画がかなり大きな影響を与えていたのだという気がしている。
 たとえば私が好きな季節は10月と11月である。晩秋といわれる頃であるが、昔に比べると温暖化が進んだせいで季節の感じは12月の中旬くらいまでそれは伸びるので、今頃が一番、好きな季節である。
 何年か前、奥日光に車で出かけたことがあった。車で漠然と走っている見事な景色の中を走っているのだが、このあたりは冬は早いのだろうなと思いながら、そのあたりの景色の見事な秋を想像して運転していた。そして、この景色どこかで、昔、見たことがあるという一種のデジャブ、既視感を感じていた。
 
 ややもすると60年近く前の映画をYouTubeで観ることが出来る。人生を決定づける映画というものはままあるものであるが私にとってその一つにロジェ・ヴァディムが監督した「血とバラ」という映画があった。本来的にはかなりマイナーな映画であるはずなのだがいわゆるアーティスト、私世代のアーティストにはかなり影響を与えたようである。この映画は1960年の制作年なので57年前になり、私が14歳の中学生の頃の作品である。この映画を武蔵小山あたりの映画館で見た記憶がある。女吸血鬼の映画である。
 そう聞くと知らない人には何ともおどろおどろしたオカルト映画のような気がするのではないかと思われる。しかし、見ていただければわかるが信じがたいくらい耽美的で、芸術的な映画であることを分かっていただけるであろう。この映画の原作はシェリダン・レ・ファニエというアイルランドの作家の「カーミラ」で、かの有名な吸血鬼ドラキュラよりも先に書かれた小説であり、この原作がなかなかの作品なのである。まさに映画に匹敵する作品なのである。
 その原作の舞台を現代のローマ郊外にシフトして「血とバラ」はつくられた。ハドリアヌス別邸という有名な観光地があるがそこの地がその映画の舞台なのである。映画の中では初秋の頃と思われる、その別邸の近辺で撮影されたと言われている。というのが私はそれから十年かそこら後に最初にヨーロッパに行った時の訪問の目的がその場所を自分の目で確かめることが最大の目的だったからである。いまなら、さしずめストリートビュ―で見ることが出来るその景色をである。
 最近、ユーチューブでこの映画をみてカーンスタイン邸の領地の中の景色が奥日光で見たデジャブの場所であったことを気づいた。私の中で「秋」「イタリア」「過去」という一つの好きな連環をその中に見ることが出来たのである。また女性の好みもそこで決まった気がしないではない(苦笑)
この映画、稀代のドンファン、ロジェ・ヴァディム監督の二番目の奥さんであるアネット・ヴァディムが主役でこの超美人の奥さんの美しさを世に喧伝するような映画であったからである。中学生ながらその美しさには圧倒された感じで世の中にこんなきれいな女性がいるものなのか?と思うような女性であった。付け加えるとロジェ・ヴァディム監督の最初の奥さんがブリジット・バルドーで3番目の奥さんがジェーン・フォンダである。
 場所の設定は、レ・ファニェの原作ではオーストリアのような気がしたが、映画のローマ郊外の秋は何となく原作の地に近い気がしないではなかった。イタリアのイメージであるあの抜けるような空は本来この映画には合わないはずである。したがって、曇りの日や夜がその映画の背景になっていた。また、この映画の耽美的な映画の美しさの一つにそのカメラワークと音楽の素晴らしさがあった。撮影を担当したのは印象派の巨匠であるルノワールの孫?のクロード・ルノワールで音楽はジャン・プロドロミデスが担当している。そう言われればルノワールが秋を書いたとしたならばそんな景色になるに違いないという映画で、あらゆるシーンが美しかった。
 テーマ音楽については、これは何百年まえに死んだ吸血鬼が甦るような映画なのでリュートを使ったテーマ音楽でそのヨーロッパ音楽の源流を見るような美しい旋律が古の時代に生きたもう一人の主役である人物を耽美的に描いているのである。その後、私はリュートという楽器やその頃の音楽が好きになったのであるが、この楽器の最盛期はルネッサンスの頃といわれている。ヨーロッパ中をリュートをもって旅をしていた音楽師の愛用の楽器なのである。したがって、そんな音楽師ならヨーロッパの地方にある、様々な話を語ることが出来るのだろう。そう考えるとあのプロドロミデスがあの楽器を使ったテーマ音楽の意味の見識もさらに読み取れそうである。
 映画の中ではオリジナルの吸血鬼であるミーラカの肖像画が出るシーンがあるが、その肖像画はあまりいただけなかった、その時代にしては画法があまりにも違うのである。わが家にも1600年代の肖像画はあるが本来写実的なのである。ただ、そうすると花火の後のカーミラかミーラカかわからないというその部分が分かり過ぎてしまうかもしれない。このあたり読む人にはチンプンカンプンなのでこのあたりで終わる・・・・?

 信じられない時代になった。当時、私はこの素晴らしい映画をいつでも見るにはどうしたらよいのであろうかなどと考えた気がするがそれが現実となって何とも驚いてしまう。あらためて自分の嗜好を決定付けた映画を細部まで見ることが出来るのは何とも不思議な気がしないではない。その前後、たしかにイタリア映画をよく見た気がするがいかなる作品もイタリアやヨーロッパの美しさを更に際立たせた気がしている。

泉利治

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