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Column

サフラジェット

 こんな言葉、博学の私でも知らなかった。と嘯いても始まらないが、これはれっきとした英語で150年以上も前に英国ではいわゆる政治用語として使われていた。Suffragette(女で熱心な)婦人参政権論者を意味している。
 サフラジェットをカタカナで読むと何か特殊なジェットエンジンシステムかと思える。
例の「ホンダジェット」のようにサフラ社の新商品のビジネスジェットのブランドネームかとも思える。しかし、ロバート・ゴダートという作家はそんなユーモアを持ち合わせているとは思えない。したがって、何か過激な思想を持った団体、KKKのような組織の名称かと思ったのである。ジェットというのが爆発的、過激なイメージを感じたからだ。
 
 今年の秋は早い、というより秋を飛ばして冬が一気に押し寄せて来た感じである。そんな中でも11月16日は穏やかな日であり、居心地の良い秋日和であった。私はその陽光を感じながら143年前の今日もこんな日のような気がした。その二日後の11月18日にアメリカのクリーブランドでWCTU(Woman’s Christian Temperance Union)女性キリスト教禁酒同盟の華々しい結成式が行われる。
 1874年、明治7年のこの日、若干23歳の女性宣教師ドーラ・E・スクーンメーカーが麻布で女子小学校を開く、当初の生徒は女性ばかり5人だったという話だが、女に教育は不必要だ、と言われていたこの国では考えられない発端である。この女子小学校の小さな滴は大河となって現在の青山学院になっているという事ではあるが、今日の話はこのスクーンメーカー先生の発端である。
 ニューヨークのメソジスト婦人伝道局にある女性が1000ドルのお金を日本の婦人および少女にキリスト教の福音を伝える機会を与えるならばこのお金をそれに使ってほしいという申し出があった。それに関してその資金提供者は期限を設けた。伝道局はだれか適当な人はいないかを考えた、その時に23歳の若いスクーンメーカーが思い浮かんだ。彼女がいいかもしれない?早く手配しないとチャンスを取り逃がす。すぐにスクーンメーカーに問い合わせると、年老いた母がいるのでその母の面倒をみなければならないので、5年で帰国できるという条件をのんでくれるのだったら日本に行きたいと思います、とこたえた。
 1874年10月に来日したスクーンメーカーはもう翌月には女子小学校を立ち上げた。このスピードは信じられない。彼女を支援して開校に尽力したのは津田塾を立ち上げた津田梅子の父親である津田仙である。彼の紹介で民家の一室を学校として開校したのである。しかし生徒の一人は津田の妻であり、もう一人は娘であった。当時の日本では、女子が教育を受ける意味が何なのかが分からなかったようである。
 では欧米では女性が教育を受ける意味が分かっていたのだろうか。これは社会水準としての認識の度合いなのだが、そうともいえないと思われる気がしないではない。
 それがサフラジェットという存在で理解できるのである。参政権があるか否かはそこの一つの証になると思う。女性の参政権についての運動は18世紀のフランスで始まったらしいが、フランスの女性に選挙権があたえられたのは1945年なので、少なくとも200年くらいかかっている。そのあたりの動きはお隣のイギリスにも直ぐに伝わったのだろうと思われるのでそこからサフラジェットまでは70年位の時間がある。
 ところがイギリス連邦の国やそこと関係の深い国、たとえばニュージーランド、オーストラリア、アメリカなどでは本国イギリスに先立って女性に選挙権を与えた。ニュージーランドでは1893年、オーストラリアでは1902年に婦人の参政権は認められたし、アメリカのワイオミング州では1869年に世界で初めての恒常的な婦人参政権が認められた。これなどは新しい国の方が確立した先進国家などよりも柔軟に世の中の動きに対応できることを分からせる一例である。
 アメリカはその点で昔から進取の気風に富んでいた国である。とくにそのような新しい動きは若い女性宣教師の心にも大きな影響を与えたと思われる。ワイオミング州で参政権を得た女性の存在が他のアメリカ人女性の心に火をともしたことは十分考えられる。これから自分たちが世界を変えるのだと思ったかどうかわからないが、これを機に人類の幸せを約束するキリスト教を広めなければならないという使命を具体的な行動で示す時だと。 
 ワイオミング州で女性の参政権が認められて、5年後にドーラ・E・スクーンメーカーは日本に旅発つことになるし、その前にそのような提案をニューヨークの婦人伝道局に持っていった婦人の心に火を灯したのである。
 しかし、このスクーンメーカー先生の行動力は見事なもので、青山学院はこの他に二人の男性宣教師が創設者に名を連ねているのだが、一番遅く日本に着て、一番早く学校を立ち上げたのである。サフラジェットもそうであるが、女性は目的を明確にするとその標的に向かって最短距離で動く習性を持っているのではないかと思う。一度、コウと決めると迷うことがないのかもしれない。その点、男は余計なことを考えて、一向に動こうとはしない。そうゆう優柔不断なことがある。
 
話は飛躍するが確かに女性活躍社会とは世の中の歩みをスピードアップさせることは間違いない。明らかに少子化に向かっている日本が成長し続けるには女性の活躍できる社会の実現するほか道がない気がする。そんなことを考えている最中、どこかで議会に赤ちゃんを連れて出席した議員がいたそうであるが?注意されて結局、赤ちゃんを誰かに預けて議会入りした。後で泪ながらに抗議している姿がテレビで流されたが、一時代前ならあり得ない出来事である。いろいろな形で女性活躍社会になりつつある。

泉利治

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