ブランドワークス

Column

一兆円の戦略 PART2

 ブランドネームとはどのように知られていくのだろうか?RICOHブランドは最大のスポーツイベントのオフィシャルスポンサーになり、アメリカに知られることになった。そこには“リコーはアタランタオリンピックのオフィシャルスポンサーになっています”と言うコピーでテレビを通してともかくアメリカ市場では何億人の人が目にしたのだろう?しかし問題はその人の何人がリコーとコピー機を結び付けただろうか?人は受動的に受け取った情報を記憶に刻み込むには相当な量が必要である。そのためには印象に残る。情報を発信しなければならない。CFはその点不利だ。最初から邪魔なものとして認識されている。
 一番いいのはそのブランドの驚くべき価値情報であり、それが標的顧客にピンポイントに伝わることだ。私はリコーの小さなデジタルコピー機をSOHO向けに売り出そうとしていることが分かった。小さなオフィスなら狭いはずだ。そんなところのコピー機であり、FAX受信が出来るうえプリンターにもなる複合機なら絶対便利なはずだ。それが何でただのコピー機だけのキャノンやゼロックスに負けてしまうのだろうか?
 要するに名前が知られていないはずだ。本来、それはコピー機として売りに出す商品ではないはずだ。そのためにはそのものを表すカテゴリーネームに匹敵するようなネーミングが必要なはずだ。それを指し示す新しいネーミングが必要なはずだ。それは正にケータイではなくスマホなのである。
 ネーミングには二重性がある。人々の頭の中にはスマホ=アップルとしてインプットされている。そして、まったく知名度がない場合、そのネーミング一つの中に二重性を持つことがある。バスクリンやウオークマンは二重性を持つネーミングであり、そのブツ、そのものを表していると同時にそのカテゴリーをも表している。
 その商品をリコー社はなんといって売り出そうとしたか「RICOH 5678」といって売り出そうとしていたのである(本当の番号ではない)。問題は市場にとって革命的な商品を5678という間違ったネーミングで読んだことだ。だれもがその番号はそのものを表している名詞として理解しないに決まっている。ましてRICOHは何となく企業名であることが想像できる。ここでも困った問題が起きる。RICOHとは何の会社なのだろうか?
 アメリカ市場でこんな革命的な商品が世の中にデビューするのである。そのものを表すネーミングがあればそのカテゴリーネーミングとして、何もしなくとも定着するだろう。こんな当たり前のことを日本人が考えても海の向こうのアメリカ人でもわかるに違いない。戦略実行に際して説明の必要はない、そこに英語の解説はいらないからだ。
 私の戦略はリコー―社のネーミングルールを破る提案であった。経営陣はこの提案の意味が分からなくて、単なるルール破りの提案としか見なかったのである。私はある日、経営会議でこの戦略のプレゼンテーションをすることになった。アメリカ市場でそこそこのシェアを取ることは彼らの懸案であったからだ。私は40分くらいのプレゼンテーションを終えた。そこで彼らはどう思ったかわからない。その本質が分かったとは思えない。しかしだ、もしその本質が分かってもそれを意思決定することとは意味が異なる。分からないことなら企業のルールを優先すべきである。なぜならばそれをやっていれば間違いないからである。
 ところがこの戦略立案者はそのルールを捨てるべきと言っている。往々にして経営者というのはこのようなわからない判断をしなければならない状況に追い込まれる。このネーミングに際して、正しい判断を下した理由は全く場違いなものであった。社長はこのプロジェクトの企業側の担当に
“岡田君、ところで彼らにコンサルタント料をどのくらい支払っているのかね?”
“・・・今まで7600万円支払っています”
“そうか?・・・・よし分かった。彼らが言っているブランド戦略を採用しよう”
それだけ払っているのだったら採用しないと損だな?と思ったようである。
 企業の命運はこんな突拍子もない理由から決定されるのである。それから20年近くたってはいるが現在リコー社の海外市場での売り上げは全売上げの65%を占めており、1兆2000億円を超えている。新ブランドAFICIOは最先端のデジタル複合機の代表的なブランド、かつ独創的なブランドとして、ライバルの追従を許さないビックブランドとして、大黒柱に成長した。以上の戦略はアメリカ市場での戦略であった。当然ながらRICOHは最先端のオフィス機器メーカとしてその名を不動のものにした。
 その後ヨーロッパ市場にこのブランドで進出することになる。ここはアメリカ市場とは勝手が違っていた。というのがリコー社はヨーロッパの各国のローカル企業ブランドを買収しており、どうしてもそのカンムリブランドにRICOHを使えないのだ。そのよう背景の中でAFICIOで良いのだろうかという相談であった。私はこの話を聞いてホッとしたことを覚えている。本当にいわゆるプロダクトネームのAFICIOを開発して良かったと思ったのである。
“常務、その国の企業ブランドの下でAFICIOを売ってください。いずれ消費者の頭に刻まれるブランドは企業ブランドではなく、そのものの名前であるAFICIOですよ。その段階で企業のブランドの影響力が小さくなるので、そのころ冠ブランドをRICOHに変えればいいのですよ”
 その結果、RICOHブランドはヨーロッパでも確固たる基盤を確立することになる。一年くらいして、その後日談として担当者がAFICIOブランドをかたどった板チョコを見せてくれた。
“現地の営業マンがこんなノベルティをつくってお客さんに配っているのですよ。よほどうれしいのですね・・・”
 そのとおりで営業マンは間接的には企業を売ることになるのだが、実際に売っているものは良い商品であり、自分が自信の持てる商品なのである。
 私の最初にして最後の?グローバル戦略である。もうこれ以上分けのわからないところの戦略立案などは関わりたくないと思うがどうなることか?それにしても1兆円とは驚きである。


泉利治

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