ブランドワークス

Column

一兆円の戦略

 ビジネスコンサルティングを生業としてきた人間にとって、いくつかの称号があるがその中で最も価値があるものの一つとして担当したクライアントの業績が向上することがある。私などは単純にそれを最上の勲章として捉えている。明らかな指標としての売上高向上である。それはあらゆる分野のビジネスコンサルタントにも開かれたものである。
 一般的にビジネスコンサルタントにはマッキンゼーから青山か六本木に小さなオフィスを構えるデザイン事務所まで存在する。マッキンゼーは何億円単位の仕事をし、デザイン事務所は何十万円単位の仕事をする。しかし、その成果はコンサルタントの請求額単位には左右されないかもしれない。マッキンゼーの提案を受けるにはマッキンゼーに支払った額以上のコストがかかる提案が多い気がしないではない。それに比べると小さなデザイン事務所のパッケージデザインの提案はデザインリニューアルの費用という前もって準備した予算の中で納まる場合がほとんどである。それ以上に凄いことは多くの場合そちらの方が売上、利益、企業イメージの向上に往々にして貢献することが多いのである。マッキンゼーは確かに黒子に徹しているのだろうがその分巨額な請求書を切るのでその辺の気持ちの整理はできるのかもしれない。
 
 コンサルタントとしての私は以上の双方を合わせた種類のコンサルタントである。その点において幸せなコンサルタントといえるのではないかと思える。デザイナーとしての見える成果と何億円という数字の成果の証を確認できるからである。
 この世界に身をおいて、やはり気になることは自分が何年も前に提案したことの結果である。今年のベイスターズは日本一にはなれなかったがリーグ優勝はした。それ以上にファンサービスは出色であったらしく、球界随一である。これは19年前の戦略通りである。
 それから少なからずカゴメ社の仕事を懸命にした時期があり、その時、売上1000億円の時に、2000億円を売り上げる会社にしましょうと言って、事業ドメインを刷新した戦略を提案したが、ここ数年、安定的に2000億円を売り上げる会社になったようである。ここまで来るのに18年かかっている。
 以上のことは私だけの力ではないにしても明らかな成果として誇れるものである。1000億円の売上向上をさせた戦略というのは正直驚くべき事と思うのだがそれを超える1兆円の売上向上をあげたクライアントがいたことが最近分かったのである。以前から仕事としてのそのクライアントの成果は格好のブランド戦略事例だったので、その点において頭に刻んでいたし、それ以上にその請求金額について面白い逸話があったので印象深く私の記憶に残っていたのである。
 
 私はグローバルブランドコンサルティング会社に籍を置いてはいたが本人自体はいたってローカルブランドコンサルティングのコンサルタントなのである。したがって、当初からその会社では日本企業専門のブランドコンサルであった。だいたいコミュニケーションの基本にある英語ができないからである。
 そんな感じでリコー社の日本市場の仕事を担当して数年たった後、その仕事の流れで海外市場のブランド戦略をお願いできなかという話が来た。いやな予感はしたが今までの延長線上でいえば私が担当するのがふさわしかった。プロジェクトブリーフィングには当時の副社長が説明してくれた。それは今までの広報担当課長の話とは違った次元のものであった。面倒なことになりそうだという予感はしたが海外事業部の若い担当者が意外なほど気さくな人間であった。元来、リコー社はキャノンやゼロックスに比べると少々、泥臭いところがあった。「どぶ板セールス」という言葉を私はリコー社の仕事をして覚えたくらいである(しかし本社は青山にあるが?)
 仕事はブランド力がないので海外では製品は良くても売れないという事であった。たとえば当時、最新のデジタル複合機のマシーンがキャノンやゼロックスのアナログコピー機より価格を低くしても売れないという現状を何とかしたいという事なのであった。
 理由は簡単である。RICOHというブランドが知られていないから売れないのである。海外事業部ではその対策としてRICOH のブランドを広めるためにアメリカ市場ではアトランタオリンピックの、ヨーロッパではツール・ド・フランスのオフィシャルスポンサーになり数十億円をかけてRICOHの名を知らしめる活動をしたのであった。それでもRICOHの名はPANASONICの後塵を拝していたのである。そこを何とかしてほしい。依頼は切実であった
 戦略ターゲットはまず、アメリカ市場を何とかしたい、から始まった。凄い依頼であった。そうは言ってもこれは明らかにブランド上の問題なのである。多分、それまでのアメリカやヨーロッパのブランド戦略はその双方にネットワークを持つ巨大広告代理店が引き受けたのだろう。予算額は50億円を下るまい。
 私が一番気にしたのは海外の戦略は自分の手が届かないところで全く知らない人が手がける、それも外人なのである。小手先の繊細な戦略ではだめだ!と思った。骨太の誰がやっても間違いなく施行できるような戦略でないと失敗する。私に言わせれば見ず知らずの外人がどこかでやるのである。大した説明もなく。要するに説明を要するような戦略自体成り立たないことを意味している。
 私は最初に導入するアメリカ市場について、リコー社から詳細な報告書や調査資料を渡されたので日本語で書かれたそれらの調査資料を読み込んだ。問題は簡単でRICOHのブランドネームが知られていないので、コピー機を買おうとする人は初めから名の知れたキャノンやゼロックスからスタートして、せいぜいそこにPANASONICが入るくらいになるという事なのだ。専門用語を使うとコピー機の購買の考慮集合に最初から入らないというのが現実なのである。要するにコピー機メーカーとしての認知がないという事であり、調査をするとその認知度は1%に満たない数字であった。

泉利治

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