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Column

2017選挙

 今回の選挙は面白かった。しかし、今回思ったのは政治の世界はビジネスの世界を知っていれば大枠の読みができるのではないかという事である。希望の党の代表は政権交代を狙っていたようであるが、事前からそれはありえないと思ったし、国家や国民に対しての暴挙と思ったくらいであった。
 政党はよく考えるといわゆる会社のような運営母体である。その運営母体が優れているか否かで会社の業績が決まる。優れた運営母体とは高業績を持続的に生み出せる運営母体のことで会社でいえばジョンソン&ジョンソンやトヨタやマイクロソフトのような会社である。そのような会社は企業哲学がしっかりしており、経営者が優れており、社員一人ひとりが自分のやるべきことが分かっており不測に事態にも対応できる判断力を持ち合わせている。そして、時代の先を読んでそれに対応した戦略を持っていることである。
 希望の党はどうであろうか?経営トップの能力はなく、それを支えるブレーンは皆無、その他のメンバーは寄せ集めー未熟なメンバーと主義主張が微妙に異なる経験者。私はこれほど無責任な政党はあるのか?と思った。彼らが政権をとったとしても、日本は官僚がしっかりしているのである程度の安定は保たれるのだろう。しかし、彼らが政権をとった場合、早晩その安定をも奪うことは間違いない。それにしてもK女史は本当に自分が総理大臣になってこの国を動かせると思ったのだろうか?冗談抜きに私がアップルのCEOをやった方がまだ賢明な気がしたくらいである。
 K女史が例の失言をせずにあの風が最後まで吹いたとしても彼らが政権をとれたとは思えない。というのは、国民は彼女が考えるほど馬鹿ではない。そもそも今回の選挙に対しても国民は民主党に政権を任して失敗したトラウマがまだ残っており、(では、あの未曾有の大震災に対して自民党が政権を担っていたらうまくいったかと言うとそれも分からないが?)ともかく、現在の希望の党よりも組織基盤がしっかりしていた民主党でもあの程度のことしかできなかったのである。
 まして、組織の体を成しておらず、というより組織というものがどのようなメカニズムで動くのかを知らない代表がいる現実を国民は見通していたと思われる。選挙が終わり総括のフェーズ?に入っている現在、K女史のやらかしていた矛盾や本音が連日取り正されているが、何となくよくある「暴露された女帝の真実」というような類のことばかりである。これだけ、コトの動きが早いのは明らかに情報化社会の最先端に今の社会が置かれているからであろう。
 ただこのような政治における一発触発の状態は世界に多発している。トランプ大統領、英国のEU離脱、オーストリアの極右政権、フランスのマクロン政権、ドイツも何やらきな臭い。ということで日本がともかく安倍政権(と習政権?)が揺るがなかったのは世界の政治状況で唯一の安心材料だったと言うような記事を読んだが、たしかに他の国のK女史は成功を収めたのである。
 
 このあたりの意志決定に関して新しい見解を打ち出して今年ノーベル経済学賞をもらったのがリチャード・セイラー氏である。彼を少しでも勉強したら今回の日本の選挙結果や欧米の選択についてもう少し思考を深められそうな気がしないではない。彼の功績の一つが経済学の基本的な前提に関する一石である。
 標準的な経済学では合理性と利己性を備えた「合理的経済人」のモデルが前提とされて、あらゆる経済学上の理論が組み上げられている。ところが実際の人の意志決定を考えた場合、認知能力や辛抱強さの限界といったメンタルな要因によって、合理的経済人モデルとは違ってくる。というのだが、セイラー氏のノーベル賞の功績はそれでも予測ができるということらしいが、何となくそのあたりの選択、意思決定の際の前提に多くのヒントを与えてくれそうである。要するに人間の認知能力の限界についての考察なのだ。
 セイラー氏に関してそれ以上のことは語る知見は持ち合わせていないのでこれ以上語れないが経済に関してはそれでも基本は合理的経済人の論理に従うような気がするが、政治の場合の意志決定はそうでもない気がしないではない。たとえばヒトラーを選んだ当時のドイツ国民はなぜ、歴史上最悪の統治者を選択したのだろうか?本来、ゲルマン民族の秀逸性は冷静な合理的判断能力にあると思っているのでそのあたりのミスは遺憾ともしがたい。政治的判断には魔物がいるような気がしないではない。
 
意志決定関して昔、私が向き合ったのはブランドの価値についての意志決定についてである。その際、考えたのは人は理・感・知の兼ね合いの中で判断し、意思決定をするというものであった。理とは理性、感とは感性、知とは知性である。たとえば、アップルのブランドを判断するに際して、理性はアップルの提供する数々の機器のパフォーマンスを判断し、感性はアップルの機器に関する哲学やデザインの素晴らしさ、アップルストアの対応の心地よさなどから、最終的に知性が双方を勘案して、そのブランド価値付けるというものである。その点において人を合理的経済人以上の存在として見ているのがブランド価値の人間観なのではないかと思っていた。
 ただ、最後に思ったのは人が意志決定する時に最も強い影響を与えるのが感性の部分ではないかということであった。いわゆる感情もこの領域に入るのだがこれが意外と強力なのである。かつてドイツ人の心を魅了したものは行きつくところこの感情なのではないか?それはいわゆる統帥権のようなもので三権の上にある意思決定機関だからである。

泉利治

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