ブランドワークス

Column

優れた経営戦略

 経営戦略という言葉はよく聞く言葉であるが、その意味や実体についてキチンと説明できる人はそんなに多くはないのではないか。かく言う私がそうだった。それに私はそれらを考える人ではなく、ブランド戦略やマーケティング戦略を考える人なのだから・・・ということで自分自身が何となく納得していた感がある。
 しかし、よく考えるととくにブランド戦略は経営そのものではないかと思える節があることに気づいた。世界一のブランドを持っているアップルは決してイメージだけがいいのではない。現在もそして近未来も業績が揺るがないものであるからブランド価値評価で世界一なのである。
近未来的にも業績が良いと言うことは何を表しているのだろうか?一言で言うと経営が安定して成長しているからである。経営が安定しているとは人・物・金・情報の経営資源が最良な状態で機能し続けられるということなのである。あるブランドの将来を見通してどれだけそこから最大の利益を得られ続けることが出来るかということがブランド価値として顕されているのである。
ブランドとはその企業の秀逸性を語るだれにでもわかる指標なのである。アップルを考えてみて欲しい、一台10万円近いものを世界の何億人が持っているのだろうか、我が家を考えても家族3人が一台ずつ持っているのである。それを何年かで変えて、毎日使うのでアップル社には何かとお金が入る仕組みができており、アップル社はかなり先々までその人から収益をもらえる仕組みができており、そんな人が世界に何億人もいるのである。そんな仕組みをブランド価値と言うのである。
ブランド価値とは顧客までも巻き込んだ経営資源を包括したものなのである。それを考えることが出来る人を優れたプランナーというのだろうが、ちょっとやさっと見かけない。だが、企業化社会ではだれもがそれを求め、だれもがそこに関わる仕事をしているのである、部分だが。
私がとある企業に提案したものはそのようなことを可能ならしめるフォーマットとしたら凄いものだと思ったが、それを考えたのである。しかし、得てして自分のつくり出したものがどれほどのものかそれを創りだした時には分からないものである。ミケランジェロが若い時にピエタ像を巨大な白大理石から彫り出した時、それが世界に対していくばくのものかをどのくらい分かっただろうか?かなり過小評価したのではないか。比較が少々、というよりかなりハッタリめいているがそれに近いことが言える気がした。そう考えると幾分苦労が報われる。
 経営戦略とは企業の未来戦略である。しかし、未来は不確実性に満ち溢れている。それを確実にすることに挑戦してきたのが人間の歴史であると言えないことはない。未来に確実なことをたくさん知っている人が優れた人間として評価され、かれの言ったことを守ることが生きる知恵となった。どのようにしてその未来を知ったのかは別としてそこを言い当てる人は指導者になった。しかし、その中にはいかがわしい預言者めいた人は数えきれないくらいいたであろう。
 
ストーンヘンジが何のためにあるのか?という事が長い間、考古学者の間で議論になっている。確かなことは何らかの祭事をする際の舞台だったのではないかという考えであった。確かに写真で見る限り、ここで神々の託宣がいただけそうである。しかし誰かがストーンヘンジは日食を予言するための道具であると言った時、俄然リアリティがある見解だと思った。それは古代に日食が予言できる人は指導者になれたであろうということだからである。明日のこの時刻に太陽が欠けるであろうと言ったらだれもがその人の言うことを聞くようになるであろう。科学が発達してそのあたりのことは別に興味を惹くようなことではないが、そのような天空の仕組みを知らない時代は大変な力となってだれもがひれ伏したに違いない。
 経営は天空の仕組みより複雑であり、不確定要素ばかりの組み合わせで成り立っている。私はそんな世界で40年間生きてきたのだ。数えきれないくらいの失敗といくつかの成功を秘密裏に成し遂げた。そして幾分経営の仕組み、いわゆる日食を当てる程度の知識でいろいろな仕事をやってきた。ただ、知識量だけが勝てる条件ではない。
 昨日のネット、トヨタのベストセラーカーのプリウスが売れないという記事を読んだ。最後にあのトヨタでさえこんな失敗をするのだという事でその記事は結んであったが、私もプリウスの新車を見た時、こんなもの売れるわけはないだろうと思った。なにせ、デザインがひどいからである。それだけであった。その後、納得のいく理由としてプロダクトライフサイクルから導いた理屈がそれを裏付けた。ヒットした商品のリニューアルの定石は原形のイメージをいかに上手に継承するかにある。ところが・・・・である。プリウスのオーナーたちも敬遠したらしい。ハイブリッドの選択肢も増えたので腰も軽い。
 私もデザイナーの端くれにいたものだが彼らはベストな経営者によってコントロールされているからいいデザイナーと言われるのだと言いたい。しかし、今回の場合、原因は経営者の方だろうと思う。デザイナーはA案からZ案まで提案するのだが、どれかを選ぶのはデザイナーではない場合が多いからだ。デザイナーは未来の売れ行きを左右するものを作りだしていることは間違いないが、その間の試行錯誤がA案からZ案に表されているからである。全部がいいわけはないのは当たり前である。中のいくつかは駄作が多い。だからアイディエーションと言うのである。
プリウスのデザイナー自身あの案が採用されたとき困ったのではないかと思った。普通、良心的なデザイナーだったら、あれをリコメンドするはずがない?と私は考えるのだが。最近の若い連中は分からないが・・・・?
私がデザイナーだった頃、カースタイリングという雑誌を購読していた。あるとき、カローラの特集号が組まれて、その中の採用案のレンダリングを見て、その絵からよく新モデルのカローラが出来たものだと感心をしたが、最後にそれを書いたライターもそう思ったらしくトヨタには優れたモデラ―がたくさんいると説明してその稿を締めくくった。
あの会社にはかって?あらゆる分野に預言者のような社員がたくさんいたのだ。

泉利治

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