ブランドワークス

Column

開発と営業

 私のいた職場には常にこの二つの機能を持った人と集団がいた。私は工業デザイナーという職種であったので職種は一般的に開発部門に入る。その後、マーケテイングやブランディングの仕事をした。デザイナーから職種がプランナーに変わっただけで、基本的には開発部門の人間であった。現在はフリーのコンサルタントである。この職種はよく考えると開発と営業を併せもった職種のような気がしているが、そうは言っても元来、開発畑で仕事をしてきたせいか基本的に軸足は開発の方においている。
 この二つはあらゆる企業の中枢を担っていると言っていい。厳密に言うならば開発は製品開発をしており、営業は商品開発をしている。いわゆる企業においてこの両部門は企業の価値を創造している部門なのである。しかし、えてしてこの両部門は何かと利害がぶつかるのか、仲が悪い。
 マーケティングコンサルタントとしてメジャーな住宅メーカーの両部門の中堅幹部クラスのプロジェクトに関わったことがある。本音で語るそのプロジェクトの中でエンジニアの苦悩が語られた。設計ではよくあることなのだが限られた時間内でやるからどこかで妥協して出図することになる。その話をきいた営業の一人はその設計姿勢にカチンときたようで、俺たちはパーフェクトと思って売っているのにそんなものなのか?と怒りだしてしまった。
 両人の言っていることはどちらも間違いないのだが、そのような言葉の行き違いでこのような局面がよく起こった。このような議論が延々と続くのだが、収拾がつかなかったことの一つに設計姿勢のことがある。10人の設計者はいれば10人その設計の姿勢は異なる。話の成り行きでまとまりがつかない状況に陥ると、それらのコーディネートをするわれわれも、かれらの上司である部長もほとほと困り果てることになる。
 入社して一年もしないで担当したプロジェクトで私はそのような状況に遭遇する。議論の成り行きを見守っていたがいわゆるそのような時にどのように言って、このデッドロック状況から脱出したらよいのかというようなことをいろいろ考えあぐねていた。
その頃の私は新米コンサルタントで一年前は彼らと同じ開発担当の設計者だったのでいろいろな競争環境の中で当該テーマ、家庭の主婦にフォーカスを当てるのか?主(あるじ)に当てるのか?子どもたちに当てるのかなどの、いわゆるコンセプトを構築する際の考え方の基点のとらえ方が一番重要なことはわかっていた。しかし、話せば話すほど話がこんがらかって周りのわれわれもそこに立ち入れる状況にはなかった。
イライラした私はそれって何か違うよ・・・と、思っていたので私が金科玉条のごとく守っていたセオリーをぶつけてみた。
「設計する人が、その家に住みたい!と思うような家を設計することが一番大事なのではないのか・・・」と至極真っ当?なことを言ったところ、一瞬、その場が静まり返った。というのは私がそのような大会議の場で自分の意見を述べるのは初めてだったからだ。
 そうしたら設計メンバーの一番若い人が、そのような話なら私も参画できる。と言ったことで会議が俄然前に進みだした。というのはその若い設計マンは入社経歴が浅いため経験と知識量でそのプロジェクトで自分の意見を述べることが出来なかったからだ。また、営業の人も自分が住みたいような家なら自信をもってお客さんに進められるからである。面白いことに私もその若い設計マンと同様、気の利いた意見が言えなかったので、その一言で俄然、一目置かれるようになった。
 ただ、この開発姿勢は私のポリシーであったのだが、実は本田宗一郎の開発姿勢だったのだ。本田は自分の乗りたいオートバイ、自分乗りたい自動車、自分の乗りたい飛行機夢見を夢見て、創り続けて、一生を終えた人なのである。勿論、私はその意見の中に本田宗一郎の言葉を入れたのだが・・・・もしかすると読者の家の近くにある、その会社の住宅には本田宗一郎のスピリットが息づいているかもしれない。
 
ホンダの場合、開発と営業の役割分担はハッキリしていると思う。その理由は開発と営業の確固としたビジネスモデルがあったからだ。そんなことを書くとエラク進歩的なように思えるがそうではなく具体的な可視化されたモデルとしての人物がいたからである。開発の本田宗一郎と営業の藤沢武夫である。たとえばこんな風である。
世界のベストセラーバイクのスーパーカブは藤沢武夫のアイデアであったらしい。それを聴いた本田宗一郎はそれじゃ蕎麦屋のあんちゃんが自転車の代わりにこれで配達できるようにするには片手で運転できないとまずいな、ということで右手にアクセルからウインカーまでを配したバイクを開発したのである。藤沢は商品を開発し、ホンダは製品を開発したのである。そのモデルを見た藤沢はこれはベストセラーになると思ったのだ。そして、その通りになった。
 ホンダの場合、開発と営業は別会社になっているという特殊性はあるがその組織構造はこの二人がそれぞれの能力を最大限発揮できる構造をカタチにした結果そうなったのだ。世のあらゆる会社はこの二つが互いに尊厳をもって仕事ができる状態にするのが重要であり、そうすることが経営トップ最大の仕事であろう。
 私の知っているある会社は開発が営業の使い走りのような位置づけである。私から見ると営業は閉鎖的、傲慢、それでいて強いものの前では何も言えないという状況で、なんとも困った存在である。
数多くの企業を見てきたので驚くようなことではないが行きつくところは組織を支えている人の問題なのだ。共通して云えるのはできる営業の人はまず、人間の品質?がいい。そして人間が魅力的なのである。話をして本当に魅了される人たちばかりなのだが、その会社の営業の人は何とも、友達にはなりたくないと思うような人間ばかりである。ただそこの会社の開発の人たちは皆、真面目でいい人ばかりなので何となくいいバランスで動いているのだがそこで均衡がとれるようになったら多分、その会社の業績はうなぎ上りになるのではないか。
 今になって思うのは私の仕事とは開発と営業を繋ぐような仕事だったような気がしている。最初に書いた住宅会社ではこんな風に仕事が始まるのである。たとえば、来年の秋、新商品の住宅を発売する計画がある。私はその住宅のプロトタイプをその会社に見に行く。その住宅の外観、室内を見ながら設計の人からの人から話を聞く、特徴、ターゲット、価格、市場状況・・・事務所に戻りその住宅が売りに出される市場を分析し、その住宅の想定顧客に向けたアピールポイントを絞り込む。いわゆるマーケティングコンセプトである。まず、ネーミングを考え、キーステートメントを考え、想定顧客にアピールするような特徴が分かりやすく説明してあるカタログを作る。その会社ではそのカタログが基本的にマーケティングの教科書になる。そのあたりは営業のスタッフと一緒に作り込んでいくのだが、そのメンバー―の中にはもちろん設計者もいる。作り込んだ様々なものをトップにプレゼンテーションする。OKを貰うと本格的に具体的な作業に取り掛かる。私は結局、営業の人たちと開発の人たちの力を借りて商品開発をしていたことになるのである。

泉利治

Share on Facebook