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Column

小学生が通る道

私の家の前を何人かの小学生が通る。現在の住まいに住んで30年になるが17,8年前は私の家から小学生を輩出していたくらいなので、そうでなくとも小学生が溢れていた感があった。それから6,7年位すると小学生を見かけることはほとんどななくなった。町は静かな町に変わった。近所の小学生が大きくなったことに加え、そのような家庭が新しい住まいを求めて他に引っ越したのだと思われる。ごく最近まで小学生など滅多に見かけることがなくなった。
 街も歳をとるのだ。そんな感慨を覚えたものである。いわゆる商店街がシャッター通りと言われ始めてから15年以上たつがそれと同じ別の形の現象であろうか。まさに死の街に変化しつつあるのだ。私の町は昔なら部落と言われるような町のような気がしないではない。鎌倉特有の谷戸に詰め込まれた町であるからだ。少し高い場所に行くと山と山の間の谷底に家が散在している。
 そんな町なのでほとんどの家の所帯についてだれもが自然と知ることになる。現在はほとんどの家が我が家のように夫婦二人だけの家に変わってきている。そうすると家々もひっそりしてくる。したがって、町全体がひっそりしてくるのである。
 何年かしてそんな町のそこここに2階建てのアパートやテラスハウスが建つようになった。閑静な一戸建ての家々で構成された町にアパート・・・最初は何とはない違和感を覚えたものである。一つ良かったことは私の部落内のアパートはワンルームをつくれるほど便利な場所ではないので一人住まいの人は皆無で皆、所帯を持った人たちばかりでその何所帯かは若い夫婦であった。その夫婦のいくつかに小さな赤ちゃんがいたような気がしたし、何年かすると小さな命が誕生した。
 その子たちが小学生として私の家の前を通るようになった。そうなると実感として町が若返ったという気がしないではない。小学生が歩くと何とはなく町に生気をもたらすから不思議である。
 りょうこちゃんはそんな小学生の一人であった。私の家の前の駐車場で誰かを待っていたのを以前、時々見かけた記憶があった。その時は何ら違和感を覚えずに誰か友だちでも待っているのだろうと思っていた。だいたい小学生は友達と一緒に帰るのが楽しみの一つでもあるからだ。ただ、今から考えるとりょうこちゃんの眼は何とはなく寂しそうで何かを訴えていた気がしないではなかった。それ以上に駐車場に立つ一人の小学生の姿は少々、不思議な光景だったのかもしれない。
 私の日課はチェロの練習をする4時前に散歩をするのが習慣になっている。その散歩は幸運なことに緑の中を歩くので歩くのと同時に木々から発散されるフィトンチッドやマイナスイオンを浴びながら歩くことができるという田舎暮らしの特典付きなのである。その日もそんな中を歩きながら家に着いた。その時、私はりょうこちゃんがいたかどうかの記憶はあまりなかった。私の家は道路より5メーター近く高い場所にあるので市道である階段を20段くらい上がり、そこから我が家の門扉まで5段ばかりの階段を上がらなければならない。
 私が市道の階段を上がり、我が家に入る階段を上がった時にポストから配達された新聞をとりながら市道の階段の踊り場に立つりょうこちゃんを見かけたのである。彼女は私を見て何かを訴えているのである。私は訝しげにその子を眺めた。その子は何かを言っているのである。一瞬、何か見当が付かなかった。さみしそうな眼で何か言っているのである。
 「どうしたの・・・・?」私は門の中から尋ねた。しかし、その答えは聴きとれなかった。多分、目の前で聞いても聴きとれなかったのかもしれない。私は扉を開けて階段を数段降りて彼女の言葉に耳を傾けようと思った。もう一度「どうしたの?」と尋ねた。りょうこちゃんは小さな声で「この階段が怖くて、頂上まで行けないのです・・・」と言ったのだ。
私は一瞬その意味が分からなかった。しかし、答えの意味は氷解した。一年以上も前から時々見かけた寂しそうな眼をして誰かを待っていた理由もわかったのだ。
 彼女は誰でもいい、階段を上まで行く人を待っていたのである。それで一緒に上まで行きたかったのである。私の家の前の階段は考えてみれば小さい子には怖いかもしれなかった。この階段は谷戸特有の地形に建てられたことによって谷底に降りるための階段であり、その両側は鬱蒼とした木々が茂っており、春から夏にかけて木々に葉が出てくるとさらに鬱蒼とした暗い階段になる。階段は途中に踊り場が3つありそこもその頃には苔むした場所になって、蔦や藤の蔓が生い茂り、異形の空間に変貌する。雨の日や冬に近くなるとその空間は確かに怖いかもしれない。また決して、人通りは多くないのは必然的な道ではないからだ。上の人が下を通る必要もないし、下の人が上に行く必要もない。あえてあるとすれば上に住んでいる小学生が小学校に通う通学路になるくらいなのである。
 私は「一緒に行こうと」と声をかけると、「うん・・」とうなずいて階段を上がり始めた。その間の話の中で彼女が小学校2年生であることや、上の住宅街を抜けたところの家らしいところに住んでいることなどを聞いた。頂上で「ここまででいいの?」と聞いたらうんと返事して、彼女は緩やかな坂道を上がっていった。そして途中で一度振り向いて、小さく手を振るとカーブの先に消えていった。
 その日は金曜日であったので、月曜日はどうするのかを考えると少し心配であった。私が気づかなかったら偶然に階段上までいく人を待っていなければならない。雨が降ったら寒いだろうと思ったのである。月曜日、私は春に向けた生け垣のバラを選定するために午後に手を入れているとりょうこちゃんが帰ってきた。「今日も一緒に行こうか?」というと一緒に階段を上がった。「でも怖くない時もあるの・・・」「じゃあね、これから怖い時はおじさんの家のピンポンを押すといいよ、家にはオジサンやおばさんがいるから、一緒に行ってあげられるから」そいうと、うんと小さく頷いた。
 それから週に何回かは3時前後には呼び鈴がなることになった。時々、こちらは宅配便かと思い印鑑をもって飛び出すが、入口にりょうこちゃんがホッとしたように立っている。
                                 文責:泉利治
2019年3月18日

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