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Column

芸 能 人

 ここ何日かは芸能ということが世を席巻したようである。芸能とは人が演じる何らかの興味深い芸事を言うのか?芸能人といった場合それを演じる人のことを指す。
 2020年9月27日は芸能関連の出来事で日本中が揺れた日であった。竹内裕子と半沢直樹という二人の人物がその中心にいる。竹内結子は27日未明に謎の自死で、半沢直樹は27日が終わろうとするテレビ番組で32.7%の視聴率をたたき出した、稀有なドラマの主人公である。昔は32.7%の視聴率などたいしたことのない数字であったがこの情報源氾濫の時代に6658万人という人口の半分以上が同じテレビ番組を見るなどということがまず凄い。一方、竹内結子さんの自死のニュースは名前しか知らない芸能音痴の私でも??という気を起させる出来事だったからである。いずれにしてもこの日のこの人たちの名前は象徴的であった。
 
今回のタイトルが“芸能人”としたのやはり芸能というのはもの凄いニュース性がある分野なのだと思ったからである。そんなことからいつもの起源癖が出て、そもそも芸能とはと考えてみると最初に思い付いたのが京都の四条にある出雲お国の銅像であった。現代の芸能の起源はどう見ても彼女に違いないと思ったからである。また、ドラマ半沢直樹がこれは現代の歌舞伎であると書かれていいたので歌舞伎の祖でもある出雲お国を思い出したのである。
その銅像をご存知の方はそんなに多くはないと思うがそれは鴨川の畔に立っている。そして、それは京都南座の目と鼻の先にある。そして、それらの芸能人は昔から河原乞食と言われて川のほとりでその芸を見せていた。出雲お国は鴨川の畔で小屋を張っていたようである。また南座のあるあたりは祇園と呼ばれいわゆる日本で一番古い歓楽街であったと思われる。したがって、南座から数分の所にある“一力”は忠臣蔵の大石内蔵助が主君仇討を見破られないように入り浸った茶屋である。
出雲お国が活躍したのは時代的には安土桃山時代から江戸時代にかけてなのでわが敬愛する俵屋宗達が活躍した時代である。もしかすると1572年生まれというから、同じ年に生まれたのかもしれない?厳密にいうならば同じころに生まれている。そう考えると宗達の養源院の白象は確かに絵画における歌舞伎のようである。
ただ、芸能がこの時代に生まれたかというとそうではない。たとえば猿楽などはもっと古いし、宗達が描いた舞楽は7世紀ごろにすでに演じられていた。能は世阿弥が創始したが、いわゆる阿弥集団と呼ばれる異能の人たちがのことで、いわゆる河原乞食というタイトルの芸人では将軍や天皇の前で演じることができないので僧になって頭を丸めた阿弥になることで頂点に立つ人の前で演じられるようになり、その存在が社会に認められたのである。
しかし、この阿弥の起源は踊念仏を創始した時宗の一遍である。ともかくこの宗派、念仏を拍子にして踊るのである。考えてみれば歌舞いている仏教である。したがって、この宗派は万人に受けたそうである。一遍上人は鎌倉時代の僧であり、本山である清浄光寺は藤沢にある。
一遍上人聖絵という絵巻物に踊念仏の絵があるがそれを見る限り、櫓の上で多くの僧侶が踊っている絵であるが正に舞台の上で踊っている芸能のようである。何となくイメージすると盆踊りの櫓とその周りで踊っている人たちのイメージなのである。
櫓の上の僧もその周りにいる人たちの踊りが昂じてくると多分、われを忘れ一種のカタルシスを覚えるのであろう。人間にはどうもそのような機能が備わっているらしい。昔、そのような集団の人と同じ行為をすることで快感を覚える機能のことサイカネステックスセンスと言う微かな記憶を持っていたが、それをネットで調べても出てこないので違うのかもしれない?いずれにしても芸能とはそのような原始時代に獲得した人間の能力に係ることのようである。

二回前の本考に蘭渓道隆の仏教書を読んだ話を書いたが、それを読み終えて思ったのは以前、司馬遼太郎が禅の修行で悟りを披ける人は天才しかいないのでほとんどの人は悟りなど開くことはできないと書いたのを読んで、いくら座禅をしても悟りは開けないのだな、と思ったが、悟りを披くとは一言で言うと仏になるということである。つまり成仏する!とはそのことである。したがって、生きていた時、善行を積むと死んだときに即成仏できるようである。あの有名な地獄絵図とは生きていた時に悪行ばかりしていた人で死んでその裁きが下っている絵で、それを見て生きている今、悪いことは止めようと思いとどまらせる絵なのである。
以前、一年に一度だけ、真夏のお盆の時期に大津の寺に地獄絵図を見に行ったが、死後の世界を目に見えるようにした先人の想像力に脱帽の感じであった。ただその中に九相図というのがあり、路傍に打ち捨てられた死んだ人がどう変化していくのかというような絵もあった。これは地獄絵に比べると次元の違う絵で、絵としてはいたってリアルである。有名なものは檀林皇后の九相図であるが、ネットには修行僧の性欲を断ち切る為ために描かれたと書いてあるがこれは??である。でも最後は土に還るというのが何とも深いものを感じる。
これが成仏と思えばそう思えないこともないが、竹内結子さんはあと20年は成仏できないだろう、生後8カ月で残された子が成人になるまでは・・・その子の周りで現世をさまようことになると思われる・・・
                                   泉利治
2020年10月19日

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