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Somewhere in Time

 今回も映画の話から始まる。このタイトルを見てピンとくる人はどのくらいいるだろうか?かなりマニアックな人に違いない。この映画の日本語のタイトルは「ある日どこかで」・・・“ああ、そう言えば見たかな”と思う人はいるかもしれない。
 この映画はB級映画と言われているらしいが、公開40年を過ぎた今日でも熱烈な支持者がいるらしい。この手のタイプの作品を「カルト古典」というのは何ともおぞましい比喩だが、このカルトという言葉も現在ではおかしな意味がついてしまったが本来、神聖な崇拝というような意味を持っていた。
 したがって、本作品を本当に愛している人にとっては後者のような意味を純粋に持っている人たちをさしていると思われる。考えてみると私の世代ですでに連れ合いを失った人は誰でも、その人と幸せに過ごしていた日々に戻れるものなら戻りたいと考えているに違いない。そのような物語といえないことはない。
 この作品のオリジナルはアメリカの作家、リチャード・マシスンの自らの体験による作品「Bid Time Return」であり、1975年に発表したこの作品は世界幻想文学大賞を受賞している。かれはバージニア州の劇場で見かけた20世紀初頭の女優モード・アダムスに心を惹かれて彼女について調査した、その時の体験をもとに本作品を書いたと言われているが、かれはモード・アダムスに恋をしたのだろう。
 このようなことはある一部の人にはあるに違いない。簡単に言うと一目ぼれの対象が同じ女性でも生きている対象ではなく、もうすでに亡くなった人だったということなのだ。そしてその熱情が生きている対象と変わらないということなのだろう。原理的にはAKBのだれだれさんを追いかける若い男の子と同じ心理状態いえる。
 この物語は舞台脚本家をめざしている学生リチャード・コリアーのもとへ老婆が尋ねてきて、古い懐中時計を渡し“Comeback to Me”と言って立ち去る。その時は何もわからなかった。8年後、舞台脚本家として成功したリチャードは仕事がうまく進まないのでむしゃくしゃして、車に乗り出かける。そして偶然、歴史あるホテルの近くを通りかかり、なんとはなく立ち寄り、ここで一泊をすることに決める。そして、レストランの開店までの時間つぶしで偶然、そのホテルの歴史資料室に立ち寄り、美しい女性の肖像写真を見つける。 
彼女について知りたくてホテルの長老に訊くと、昔このホテルの劇場で一夜芝居を演じた女優であることがわかる。近くの図書館で彼女を調べてみるとその女優は謎の多い女優であることがわかり、リチャードはどうしても彼女と会いたいと思い、時間旅行という本を書いた母校の大学教授にタイムスリップの方法を教えてもらい、1920年代に行くという話なのだ。興味ある人は是非DVDもしくはアマゾンのレンタル199円で観てほしい。
 映画は素晴らしい、その手の人には夢のような映画である。とくにアメリカのマキノー島にあるグランドホテルは素晴らしく、その背景の中で1920年代のファッションに身を包んだ女優のジェーン・シーモアの美しさに正直、圧倒されたというのが本音である。  
ホテルマニアの私が見てもこのホテルは魅力的だ(ベッドカバーはいただけなかったが)いわゆるヨーロッパの古典的なリゾートホテルを模したものでベニスのホテル・デ・バンのアメリカ版ホテルのような感じでここも同じ冬季には閉まるらしい。私も10年近く前の冬にベニスの本島から船でこの有名なホテルを見に行ったが残念ながら、ここも他のホテルも締まっており閑散としたリド島を後にした思い出だけが記憶にある。二週間前に書いた「パンデミック」でふれた「ベニスに死す」の映画の舞台がホテル・デ・バンであった。
 
 日本でのこの手の作品で知っているのは浅田次郎の「活動寫眞の女」だろう。これも昔の女優に恋をする話でよく考えるとSomewhere in Timeへのオマージュなのではないかと思われる節を感じてしまうほど近似性がある。私がこの本を好きなのは勿論、京都が好きであるからであり、美しい女優に憧れる気持ちがわかることであり、それが見事に物語として現実になっているからである。この物語も基本的に時間旅行的な要素がふんだんにあり、最終的には昔の映画の中に主人公が紛れ込んでしまうという展開で、そのあたりはリチャード・コリアーが自身を1912年の顧客名簿の中に探し当てるところと類似している。 
元来、浅田次郎という作家はこの手の奇蹟譚が意外に好きな作家なのではないかと思われる。たとえば彼の小説を映画化してヒットした「ポッポや(鉄道員)」の主役の高倉健の死んだ娘が出てきて父親に料理を作るシーンが美しく描かれているからだ。
私は何かの偶然からか滅多に読まない浅田次郎の本を読んだのだがそんなことを描くことに一部の人に感銘を与える何かがあるのだろう。

そう言えば私がSomewhere in Timeのような体験を唯一したことがあった。歴史のあるホテルの歴史資料室を訪ね、そこでオーストリアの皇女エリザベートと侍女のイルマ・シュターレ伯爵夫人のサインが入った宿泊者名簿や彼女の手袋や他の様々な遺品を見にいったからだ。勿論、彼女の肖像写真もあった。その時は別のホテルに泊まっていたのだがそのためにだけ彼女の遺物をジュネーブのホテル・ボーリバージュに見に行ったのだ。ここはエリザベートが死の前日に泊まったホテルで彼女の一行がジュネーブから船で次の街に旅発つとき、船を待っている間にイタリア人の暗殺者に胸を鋭利な刃物で刺され絶命したところなのだ。
 ここには家族旅行の際に3人で見に行ったのだが、3人ともオーストリアやエリザベートマニアで彼女の写真集が家に何冊かあるくらいなので三人三様違った視点で見ていたに違いない。ただ、本を読むと実際に刺された場所には銘板が張ってあると書いてあったのだが、それらしいところをかなり調べたが探せなかったことが忘れられない。船着場の場所が100年以上も前とは違っていたのだろう、今から思うとそんな気がしないではない。
                                     泉利治
2020年4月6日

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