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Column

Essence of strategy

戦略立案やコンサルティングを人生の仕事としてきて、いくらかなりともいくつかの納得のいく成功をもたらしてきた、その極意は何なのかを考えて思い至ったことがあったので書き出してみる気になった。
 それはまず自分の人生哲学と不可分に結びついている気がする。つまり、高邁な理想を持つこと、ジャンプしても届かないようなところを見据えて、ジャンプし続けるため意志を持つこと、そんな力を与えてくれるような目的を持つことなのである。そんな哲学をどんなきっかけでもつに至ったのかを考えてみた。
 時々、YouTubeを見て感動するものがある。渡辺謙がナレーションしている「坂の上の雲」のイントロの部分である。そのくだりはこうだ
「まことに小さな国が開花期を迎えよとしている。小さな国といえば明治初年の日本ほど小さな国はなかったといえるであろう。産業といえば農業しかなく、人材といえば三百年の間、読書階級であった旧士族しかなかった。
明治維新によって日本人は初めて近代的な「国家」というものを持った。だれもが「国民」になった。不慣れながら「国民」になった日本人たちは、日本史上の最初の体験者としてその新鮮さに昂揚した。この痛々しいばかりの昂揚が分からなければ、この段階の歴史は分からない。社会のどういう階級のどういう家の子でも、ある一定の資格を取るために必要な記憶力と根気さえあれば、博士にも 官吏にも 軍人にも 教師にもなりえた。 
この時代の明るさは、こういう楽天主義からきている。今から思えば実に滑稽なことに、米と絹の他に主要産業のないこの国家の連中がヨーロッパ先進国と同じ海軍を持とうとした。陸軍も同様である。財政の成り立つはずがない。が、ともかく近代国家を作り上げようというのは、もともと維新の大目的であったし、維新後の新国民達の少年のような希望であった。」
原文は司馬遼太郎の「坂の上の雲」であるが、このようなまとまりとして書かれてはいない。ただ、司馬の思いは十分書かれている。ようするにここで言えることは新日本国民が分不相応な夢を抱いたことである。この場合、海軍や陸軍を持つことである。
戦略のエッセンスとはそこにあると私は思う。少なからずそのような分不相応な夢を実現しようとして私は仕事をしてきたと言える。そして成功してきたいくつかの企業とはその夢をメンバーと共有して共に苦労してきたのである。

人間の人生観が決定づけられるのは社会に出てからである。人生観の萌芽などは12歳くらいでそこそこのものは出来てくる。しかし、変えなくてはならない状況に置かれるのは社会に出てからである。いくらかの変更で済む人もいれば、大幅な変更しなければ立ち行かない人も出てくる。また、まったく白紙の状態で社会に出てゼロから構築した人もいるのではないか。私はどちらかと言うとその最後の白紙の状態で社会に飛び出したと言える。したがって、そこにあったものは全て受け入れて自身の人生観が出来てきたタイプの人間であった。
幸か不幸か私の社会経験はホンダから始まった。まだ、本田宗一郎という社長が君臨していた。基本的にホンダという会社から、系列の会社までホンダイズムで貫かれていたといっても過言ではない。ホンダイズムとは何か。一言で言うと自分のために仕事をするということである。私が愕然としたエピソードは“会社のためなんか仕事はするな、自分のために仕事をしろ”という言葉であった。
本田宗一郎が一番大事にしたものは自分の夢である。そのことに関しては絶対にあきらめなかった。普通の人なら考えもしない夢、一見達成不可能な夢でも、それが自分の夢なら絶対にあきらめなかった人である。オートバイを作り始めた時から、世界一のオートバイを作るという夢を持ち、世界一の証であるマン島レースにエントリーして最後に世界一になり、また、やっと自動車を創り始めた頃自動車レースの最高峰のF-1に出場することをめざし、最後にはそこで圧倒的な勝利を実現した・・奇遇であろうが、今朝ホンダがF-1で13年ぶりに優勝したというニュースが飛び込んできた。
何が言いたいかと言うと壮大な夢を抱いて企業を成長させたという事である。戦略のエッセンスとはその壮大な夢を描きそこに向かって智謀を廻らして、歩むということなのだ。私は企業戦略の依頼を受けた時、最初に提案することはその企業が持つべき壮大な夢である。”トマトと野菜のカンパニー“や”Food Essence Company “とは、その企業が社会からそう思われるということが経営の夢であり、最も支持されるであろう姿なのだということであった。
私の戦略構築方法はまず、その業界の最高レベルの企業を研究しベンチマークする。たとえば業界の1位の企業やその世界でナンバー1と称されている企業と比較する、そうすることで当該企業の意識や目線を高く持たせるのである。したがって、基本戦略でその企業のポジショニングが明確になった段階でその分野のナンバー1企業をベンチマークするのである。
 一般的に志に低い企業はそんなところと比較して語るのはナンセンスと言うがその段階で彼らは負けているのである。正直、負け犬根性を持った組織のコンサルティングほどストレスのたまる仕事はないだろう。そんな組織との仕事ほど時間の浪費でしかない気がしないではない。一方、そんなやり方に心から賛同する会社がある。先のカゴメなどが好例である。かれらはトマトに関して自社を超える会社は他に存在しないと心底思っていた。したがって、世界中で“トマトと野菜のカンパニー”と心底言えるのは我が社だけであるということになる。
 心からそう思った瞬間に企業は信じられない力を発揮する。たとえばカゴメは10年もかからないで売上を2倍にした。考えてほしい、成熟しきった、当たり前の食品企業が企業買収などもせずにどうやったら売り上げを2倍に出来るのかという事である。
 今回とあるクライアントとのやり取りで、その比較対象との比べ方の不満から何とも志の低い連中だなと思ったのである。その後で思ったのがこのことなのである。30年前に気づいたら、さらにいい提案ができたかもしれない。そのあたりを説明できないと一般的なクライアントはただ、荒唐無稽なことをいうコンサルタントと思ってしまうかもしれないからだ。この方法論はもしかするとそのような錯覚を利用して、クライアント企業の気づかない力をひき出す方法なのかもしれない。身近な例で例えるならおだてて子どもにその気にさせるというようなやり方である。
 このコンセプトのエッセンスは欠点を矯正するのではなく、長所を伸ばすというやり方であるが、どのようなことにしても戦略立案の基本哲学になるだろう。そういえば、むかし、横浜ベイスターズを考えた時も横浜に拠点をおく意味を考えた時に横浜は野球発祥の地であるということに着眼して基本戦略をつくり上げた。元祖ベースボーラーは俺たちなんだ、と。
 人生の最後で自分の本業におけるエッセンスに気づいたことが何とも皮肉なことであるが残り少ない時間、この考え方の伝道師として生きていくことが使命なのかもしれない。
                                  文責:泉利治
2109年7月15日

 
 

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