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Column

暗 譜

 暗譜とは譜面を見ずに楽曲を弾けることである。プロの独奏家はほとんどの人が暗譜で楽曲を弾きこなす。プロとアマのわかりやすい違いはそこにあると言っても過言ではない。
 ヘルムート・ヴァルヒャという盲目のオルガニストはバッハの鍵盤用の楽曲を全て暗譜で弾いた。私などにすれば上手い下手は別にしてそれだけでも偉業である。一度それをやってみたいものであると思い、フルートをやっていた頃、無伴奏フルートのためのパルティ―タイ短調のアルマンドという楽曲に挑戦した。が、何度やっても吹きこなせなかった。努力をしてもできないことあるものなのだ?と思った。全曲ではなく、一楽章だけではないか?でもできなかった。
 それから、何十年かしてチェロをやることになった。4年目に入り念願のバッハだ。同じように無伴奏チェロ組曲BWV1007その第一楽章プレリュード。とてつもなく有名な曲だ。チェロをやり始めた人の最初の峰がそれだ。
 この曲を何か月やっているだろうかと思った、8カ月ぐらいやっているのか?うんざりすることはないと自分に言い聞かせた。カザルスは生涯やっていたからだ。

 ここまでの文は一年近く前に書いたものである。そして、その後の進捗と曲がりなりにも上記の第一楽章プレリュードを暗譜でそれなりに弾きこなせるようになった。最初に弾きこなせた時は思ったより弾けるようになったという印象であった。
 しかし、それは暗譜の基準をどこに置くかで変わる。まず音程が一定しない。何回か練習しているうちに間違った音を指が覚えてしまい、何週間たった後にそれを気づく。おかしいと思い始めて楽譜を見ると違う音で弾いていたことが分かる。そして最大の問題は突然、その先が弾けなくなる。始末悪いことにそれがどこになのかすぐには分からない、ポジションが違うからだ。チェロは同じ音のポジションが4つもあったりする。
 そしてそれに気づくと何度も練習するのでその個所に至るまでのメロディーを覚えてしまうので、ともかくその問題は解決されるようである。そして、先日コロナ後初のレッスンで思わぬところでお先真っ暗状態に陥る。初めての箇所であった。
 レッスンというのは教師の前で弾くのでかなりバイアスがかかるので一人で弾いている時の60%位の演奏しかできないものであるが、その時は正直参ってしまった。一度も忘れた箇所ではない。そこで思ったのが、これはアルツハイマーの初期症状ではないのかと?
 この辺りは何とも言えない。多分に老齢になって(今週水曜日で74歳になる)記憶力はアルツハイマーでなくとも落ちているはずなので、そうではないかもしれない。そうかもしれない・・・ここは様子見?
 
 私はバッハに関しては50年以上聞いているので、何となくかれの音のつくり方を覚えていて、暗譜で弾いても間違っている箇所は譜面を見なくともこれはおかしいと思うので、思いのほか正確に弾くことができる。
しかし、このアルツハイマーだけは想定外のことである。そこでSNSを見ると暗譜のやり方というサイトで出くわすことができる。いい時代である。たとえば、ピアノのある人は楽譜を全部手書きで書き写すことを推奨していたのには驚いた。が、確かにピアノは一度に10の音を出すことができるので、一本くらい間違えるのだろか?それも16分音符や32分音符になったら聴いた人も、弾いた人も分からないかもしれない。しかし、蛇の道は蛇。凄い評論家がいて“いつも彼は、そこを間違えている”というかもしれない。そう言われてはプロとして格好のいいものではない。

 先ほどのアルツハイマーの件だが20歳前後にやっていたフルートでは全く暗譜に歯が立たなかったので今回の件とは違うようである。そこでネット検索をする。こう書いてある。

・加齢による物忘れとは1:物忘れを自覚している 2:体験したことを一部忘れる 3:ヒントがあれば思い出す 4:日常生活に支障はない 5:判断力は低下しない。
・認知症による物忘れとは1:物忘れの自覚がない 2:体験したこと自体を忘れる 3:ヒントがあっても思い出せない 4:日常生活に支障がある 5:判断力が低下する。

 以上を考えると私の場合完全に加齢による物忘れである。練習不足だ!確かに音程も不安だし、ポジション移動も安定しないからである。これらは明らかに技量不足!
 ということでもう少し調べると、記憶は3段階から成り立っている。①記銘(情報を学習し覚える)、②保持(情報を記憶として蓄える)、③再生(情報を思い出す)

私の場合の問題は③の再生に難があるようだ。楽器演奏の場合は②の工夫で何とかなる気がしないではない。譜面やメロディ―とは別の手がかりやサインで覚えるのである。
 たとえばこんなことであるチェロの場合はピアノで言う鍵盤がなく、ギターのようにフラットがないので自分の指がポジションの目安になる。だから教師はこんなことを言う“その音はその前の音の中指の所に人差し指を持ってくるのですよ!”つまり、中指の位置を感覚的に記憶して、そこに人差し指を置くということなのであるが、その行為は異次元の記憶のような気がしないではない・・・ある惑星の傍をロケットで通った時にそのロケットがどのくらい惑星の重力に引っ張られて曲がるのか?そんな一見、形而上学的な物理的現象?に近いことを言ってくる!
 いずれにしても練習につきることが分かり安心した。あと二日で74歳である・・・?
                                   泉利治
2020年7月6日

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