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Column

ビジネスモデル

 現在の職業の60%は10年前には存在しなかった職業とか、子どもたちの65%は、大学卒業時にはその時は存在しなかった職業に就くとか、同じように子どもの職業の57%?は親の時代にはなかった仕事・・・・この手の話を最近よく聞く。
 本質的に同じような話はビジネスの世界でも多い。というのはちょっと前までフェースブック社はどうやってお金を稼ぐのか分からなかったのでネットで調べたし、アマゾンは日通や宅急便と似たようなことでお金を稼ぐから何となくわかったが、ビットコインの会社はどうしてあんなに巨額な金を集めることが出来るのか?など分からないことが多い。
 確かに私の仕事であるデザイナーという仕事も50年前はそうだったかもわからない。したがって当時の両親や親戚筋の人は絵を描いてお金をもらっているのがデザイナーだと思っていた。確かにそう言えないこともなかった。多分に多くの人はそれまでの職業と何らかの関連を見出して理解ができたと思われるからだ。その後、親戚のオジサンにはその絵から図面を起こして、実際に絵の通りの自動車を創るのですよ…と説明する。分からないにしてもそういう仕事でお金を会社から貰うのだね?ということでこの話は決着する。
 考えてみればそのように簡単に門外漢の人にも完結した仕事の形(仕事→お金)までを説明できる仕事とは古典に属する仕事である。転職し、その後のCIコンサルタントの仕事になると親戚のオジサンには説明するのは簡単ではなかった。いつもこんな説明で納得させてきた。“会社のマークをデザインするのですよ”そういうとこんな風に考える“社章を考えるのか”と。次にこんな質問が来る。
“それでいくらくらい請求するのかね?”
“そうですね・・・大きな会社ですと3000万円くらいですね?”彼は三千円と勘違いする。
“結構安いね・・・それで会社がやっていけるのか?どのくらいの時間をかけるの?”
“うちの会社は短くて1年位ですね”
“社章一つに一年も考えて、その上三千円・・・?”彼の頭は混乱してくる。察した私は、
“おじさん、CIというのはコーポレートアイデンティティと言って~”これから先は彼には宇宙人の言葉としか聞こえない状況が延々と続く、その内、法事の宴席も終わりに近づくというわけである。おじさんの世代にはなかった仕事が巨額な請求書を切るという構図が延々とこれからも続くのであろう。
ビジネスモデルの発見とは何のことはない、気の利いた若者が新しいハードとソフト、もしくは新しい「気づき」を梃子に何か新しいビジネスを考え出すことなのである。その若者にとってその考えだしたことは別に額に汗して考えたものではなく、自然に出てきたものなのである。それがビジネスモデルの本質なのではないかと思われる。
 したがって、HBRでビジネスモデルを考えだす特集を出して、いくらその基本原理を説明しても多分、それを読んで何とかものにしようというような輩には絶対、新たなビジネスモデルなど考えだすことは出来ない気がしないではない。したがって、現在、騒がれているフェースブックやアマゾンの創業者たちが次にまた、新たなビジネスモデルを考えだすことができるかを考えると。?を感じる。ビジネスモデルとは才能のある一人の人間が考え出す一世一代の新しい儲け口と同義語なのである。
 例えば私の経験論でいうと前記したCIの次に手がけた私の仕事はBIである。CとBの違いというなかれこんなことである。CIの仕事の一つにネーミング開発というのがあった。正直、あまりお金の取れる仕事ではなく一件30万円取れれば御の字の仕事。ところがBIではその仕事で3,4千万円取ることが出来る。ネーミング開発で600万円。これは世界各国のネーミングクリエーターを使って開発する。その選択の段階でネガティブチェックをする。20候補案を一つひとつ日、米、英、仏、独、伊やるだけでも大変で、それぞれの国のネーミング開発スペシャリストがチェックする。それが企業ブランドの場合になると+消費者のイメージ調査もすることもある。
 以上のプロセスを経て残ったものを登録するためには商標チェックを複数類行う。それも必要と思われる国別にである。この費用は実際には開発費用の比ではない。その費用たるや五千万?くらいはかかるであろうか。そこからロゴのマークのデザインをするのであるが、この費用もグローバルブランドになると一千万を下ることはない。
 本テーマとしてこれらの話から分かって欲しいのはCIビジネスをしていた時には、単なるネーミング開発の30万円のプロジェクトが次の会社のビジネスモデルでは3000万円をこえるビジネスになるという事である。ところがCIビジネスに埋没している関係者にはBIビジネスのネーミング開発ビジネスの可能性は考えつかないという事である。要するに新しいビジネスモデルというものは、新しい人たちによって考え出されるものであるということだ。
 40年前、普通のグラフィックデザイナーにとってCIというビジネスはグラフィックデザインの範疇に入るつまらない仕事であった。デザイン学校の課題にふさわしい仕事であるという気がしていた。したがって、当時のグラフィックデザイナーにとってはデパートポスターや包み紙の方が華やかな仕事であった。したがって、その人たちがCIの専門家として新しいビジネスモデルのCIに参入するのは容易ではなかった。CIも同じである。パオスやランドーのような一流のCI会社でも、BIを生業にした新しい看板を掲げることは出来なかった。
 ビジネスモデルとは新しいパラダイムを体質化している人たちのみが考え出せるもののようである。したがって、ベソス氏もザッカ―バーグ氏も彼らが創出したビジネスモデルが生きながらえる間だけの人なのである。生々流転こそがビジネスの本質なのであろう。
 したがって、私もかつて慣れ親しんだビジネスモデルの中で生きているのである。この中ではそれは自身の体の一部のようでもあるからだ。残念ながらその枠を超えることは出来ないであろう。今、ビジネス界では何となく新しいビジネスモデルを考え出せというようなことを喧伝し、旧ビジネスモデルをの中で汲々としている人たちを蔑むような事を言うがそれこそ愚の骨頂である。私に言わせれば旧ビジネスモデルのリファインこそがビジネスの本質であり、社会を支えるのではないというような気がしないではないからだ。

泉利治

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