私のデスクの後ろに100年以上も前のアンテークの上下に扉がついた飾り棚がある。今では上扉のガラスには無数のポストイットが張り付けてある。それがこの棚の価値を明らかに落としていることは間違いない。その中の一つに無造作に切り取った、茶色に変色した新聞の切り抜きがセロテープで張り付けてあった。多分、5年以上も前に切り取って、セロテープで張った気がするタイトルは「レンブラント、新たな真筆」小見出しに「美術商、2年前に落札した肖像画」という内容で、どういうわけかこの切抜き捨てるに捨てられないで張り付けてあったのだ。
私はこのような新聞の切り抜きにはその日の新聞名と日付を書き込むのだがそれらの記載がないので何も手掛かりがない。ただ、ネット時代、何か書き込めば手掛かりがあるのではないかと思い、明け方の5時ごろに打ち込んでみた「レンブラントの真筆発見!」と
Enterをたたくと、出ました。
まず、この切り抜きには美術商としか書いていなかったがその美術商はヤン・シクス氏であることが分かった。驚くべきことはこのヤン・シクス氏の初代のヤン・シクス氏の肖像画をレンブラント自身が描いていたことであった。どうも、現ヤン氏の当主は10代目で、美術商のヤン氏は11代目らしい。お分かりのように1654年に描かれたこの絵はシクスコレクションの中のひとつなのである。つまりシックス家は370年間この名画を自家のコレクションとしているのである。その家はまさに美術館のようで、いや、それ以上である。最近は映画でヨーロッパの大富豪の邸宅の一室、ドレッシングルームを見ることができるがまさにそれが映し出されたのです。
なぜ、シックス家を見たようなことを書けるのか?とお思いであろう。実はこの私の切り抜きはドキュメンタリーの映画となってAmazonプレミアムのメニューの一つになっていたのであった。その映画は「レンブラントは誰の手に」という映画でそこには美術商のヤン・シクス氏が約1900万円で落札してからそれをレンブラントの絵であるということを証明するまでの映画なのであった。
私が当初、知りたかったことは私の切り抜きが何日の切り抜きなのかを知りたかったのだが映画の中で氏が二年前に買った絵がレンブラントの真筆であるとオランダで報じられた新聞の2018年5月12日(火曜日)からせいぜい1,2日遅れの日の新聞であることが分かった。記事には2年前に1900万円で買ったとあるので2016年にオークションで競り落としてそれをレンブランドの真筆と証明するまでの調査期間が2年間ということなのであろう。
映画ではその大発見に際してヤン・シクス氏は二年間の真筆証明までの経緯を本にして用意周到に世の知らしめたのであったが、1900万円が多分、100億円くらいになったとしたら何倍になったのだろうか?
つまり、彼以外の人はその金額の大きさの欲と嫉妬の渦に彼は巻き込まれ、最後に彼が苦悩する姿で映画は終わるのだが、同じような批評がこの映画を見た人のコメントでも散見できるのであった。正直、私はだから貧乏人は困るのだと思った!
ヤン・シクス家はレンブラントの顧客として1647年からのクライアントで、国宝級の
1647年ころ描かれた「ヤン・シクスの肖像を380年間持ち続けている家なのである。ヨーロッパの名家はどのようにして自家の資産を半永久的に持っていられるのかわからないが、
その例を語る必要のないような家なのである。彼は真筆と証明された絵を売るなどということは毛頭考えていないだろう。しかし、映画ではニュースキャスターがひつようにその金銭的価値のみを俎上に上げてヤン・シクス氏に食い下がっている図はどこの国も俗人は同じなのだということを教えられた感があった。
私が興味があったのは美術商のヤン氏がその絵をレンブラントの絵であると直感したからであった。映画ではレンブランドの最高の研究者が映し出されるのだがなぜ彼だけがそれをレンブラントの絵と分かったかである。
私はすぐにわかった、というのはヤン氏は生まれた時からレンブラントの絵に囲まれて育った人なのだからである。他の研究者はどうだろう、せいぜい、物心ついたころレンブラントの絵を美術館で見て、その後、大学の美術史学科に通い大学院でレンブラントを研究して博士号を取って、そのようなことを生かせる職業に就いた人である。つまり、頭でレンブラントを理解した人なのであるが。彼は生まれた時から毎日レンブラントを見て育った人なのだ。モーツアルトは音楽大学を出ていないのである。
ただ皮肉なことにその絵がレンブラントであることのお墨付きを与えられる人は大学教育を受けて、大学院で博士後を取った人でないとお墨付きを与えられないのである。
この映画の悲劇はその現実でかれが苦悩しているところで終わる。彼は今回の件でどうも数少ないレンブラントの研究者と気まずい関係になったようであった。美術商はその人たちを頼りに生きる人であるからである。
彼はそれでもレンブラントの新作の発見に情熱を失ってはいない。現在、挑戦している絵はレンブラントの作品の上に一部だけレンブラントの絵を残し、別の無名の画家が別の絵を上塗りして描いた絵であった。上塗りの絵をはがすのに専門家が4年かかるといっていたので4年後の新作発見に期待しよう。
2024年9月18日T.I