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Column

 ロマノフ家

表題、そこそこの年齢のいった人なら聞いたことがあると思う。偶然だが何回か前の本考「ロマンティックロシア」と対になるテーマであるが、偶然である。あえていうなればロマノフ家の人々はロマンティックロシアのコア概念になるべき人物たちである。
 かれらのセピアカラーの写真を見ると、明らかにラルフ・ローレンのショップで見かけることができるセピアカラーの写真の人物たちより上位にある人たちであることが分かる。それはかれらが皇族であるからだ。そんな皇族が中心にある国家を転覆させるには皇族を抹殺すればよいということから、かれらはその通り家族全員7人が抹殺された。300年続いた名家は1918年7月17日に終わりをとげる。
 エカルティンブルグの悲劇といわれている歴史的事実である。ただこの悲劇、事実かどうかで長い間迷走する。というのはこのような形で、つまり罪もない4人の乙女と少年を含む家族を抹殺する国家が国際社会に仲間入りできるわけはない。ということでソビエト政府はそのような事実はないと否定してきたし、それ以上に、その時の家族が世界に散らばって、生きながらえて自身の血統を残したという方がロマンがある。したがって、政府以上に世界が虐殺を否定して生きながらえた夢を選択した。
 ということになると、世界のどこにもロマノフ家の末裔がいることになる。そんな人たちが自身の中に高貴な血が流れているという夢と誇りをテーマにした物語が新たに生まれるだろう。少なからず、今から15年かそこら前に私もその件に関していくつかの本を読んだ記憶がある。その一冊を探しだし、拾い読みすると2人のBBC放送記者が書いたこの本を読みだすと止まらなくなる。これらの本はエカルティンブルグの虐殺は行われなかったというスタンスに立つようだ。しかし、ネットで見るとこの虐殺はやはり行われた。決め手は発見された人骨からDNAを取り出して調べた結果である。それを読んで全くロマンがないなと思ったがこれも事実である?
 しかし、ロマノフ家は300年続いた名家なので本流ではないにしても、傍流は結構いるに違いないということでこの名家の血統はどこかで生きているということになる。3週間ぐらい前の新聞でアメリカでDNA鑑定ブームが凄いという記事を読んだ。多民族国家アメリカならありうる話である。現に私自身、リタイアした時にすぐに始めた横浜居留地に来たスコットランド商人のルーツを調べた際、アメリカのルーツ探索会社から毎週セールスのメールをいただいたぐらい、血統がビジネスとして成り立っていることを知らされたからだ。
 その時に分かったことは西洋社会のそのあたりの記録の保存の良さとそれが見事に分類されて、検索可能な状態になっているということであった。ところが今の日本では私の家系を公的な方法で検索することはできない。国家記録である戸籍さえ150年以上遡れないのである。このあたりに日本の文明度低さを感じてしまった。
 私が横浜に眠るスコットランド商人J.P.Mollisonを調べた時、その家族が何年ごろ、どこで、どのような家族構成で、その時に同居していた女中が誰であるというところまで分かるくらい精緻なものであった。いわゆる江戸時代のころの普通の家族の現状が把握できるということに驚いた。

 そのロマノフ家をテーマにしたドラマ「ロマノフ」を先月、興味深く見た。この映画アマゾンが資金を出して作ったらしいが中々面白く、世界に散らばっているロマノフ家の末裔を称する人々のオムニバスドラマである。興味深かったのは末裔と称する人たちの懇親会が商業ベースで行われるという事である。豪華客船を借り切ってクルーズしながら末裔同士が交流する。パーティは毎夜だろうが、その他、講演、芝居等があり、末裔の人たちは5000ドルの大枚のお金を払って自身の高貴な血を満足させることになる。
 もしかしたら私の中にも高貴な血が流れているという夢?は確かにすごいロマンである。
しかし、それゆえ多くの悲喜劇のドラマが生まれるだろう。ともかく、それを通奏低音にしたドラマが無限に生まれそうだ。いわゆる映画はビジネスであり、映画産業、エンターテインメント産業と言われるぐらいだからそこにはマーケティングや市場調査などのノウハウが駆使されることになる。私はこのドラマがつくられた背景にはアメリカのDNA鑑定ブームが一つのモチベーションになっているのではないかと考えた。
今から半世紀くらい前に「ルーツ」というタイトル通りのテレビドラマが放映された。それはアメリカの黒人たちがどのような経緯を辿ってきたかというようなドラマであった。それが放映された頃はアメリカの黒人たちの悲惨なルーツとその中で勇気をもって生きてきたことを主人公(たしかクンタ・キンタという名前だった)を通して語っていたような気がした。ロマノフの末裔とクンタ・キンタはそれこそ天と地の差はあるがそれ、すなわちそれがアメリカのルーツの原点なのである。
 ルーツがDNAという科学的な手法で解明されるようになって、新たなドラマが生まれそうだがドラマ「ロマノフ」ではこの手の話はブラックユーモア的な手法でないと納まりが付かない。あまりシリアスにとらえると息苦しくなってしまうからだ、たとえば第7話ではロマノフ家の末裔の女性が養子をもらうことになり、自分のその血にちなんでロシア人の子どもをもらうところから話が始まる。向かった地は極寒のウラジオストックである。そこに向かうにあたり、お金の他にチョコレートやスターバックスコーヒーをバックに詰める。ロシアでは現在でもそのようなに西側の嗜好品が賄賂として効果的なのである。
 不可思議なプロセスを経て代理人と孤児の施設にむかい挨拶代わりにチョコレートを孤児院の院長?に渡し子どもを受け取る。3人で過ごす時間を与えられ、子どもをあやすのだが生後数か月の赤ちゃんは反応しない。母親になる女性はその時、その子供を受け取るときに同室の子どもが発したロシア語が気になり、ロシア人に訊くと“酔っ払い”という意味であることが判る。ホテルのロビーにあるグーグルで検索するとそれが「幼児性アルコール症候群」という結果に行き着く。この子を産んだ母親の飲酒が原因の病気である。母親になるべき女性はこんな子はいらないと主張するが父親は反対する。母親は自分が育てるのにいわゆる欠陥商品?を分かっていながら買うわけにはいかないと。父親は敬虔なキリスト教徒としてそれは子供のせいではない。これを受け入れるべきであるという。話がまとまらないうち最後の帰る日を迎える。やはり、母親は受け取れないとしてその心情を話す、施設の院長は怒り狂うが父親になるべき夫が妻の言い分を主張する。困った代理人と院長はその子供を引き取ると別室に引っ込み、別の子どもを抱いてくる。この子供は悲嘆にくれる二人を見てニッコリ微笑む。二人は満面の笑みでその子を連れ帰る。そこのところが何とも買ったばかりの欠陥掃除機をヤマダ電機にもっていき、すぐに交換してくれたその状況とよく似ており、このブラックユーモアが何とも言えない余韻を残した。所詮、ロマノフの血統もこのような形で伝わっているのですよと言いたいのだろうと複雑な気持ちになったものである。
                                 文責:泉利治
2019年2月18日
 

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