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Column

宗達はじまるオリジナル

 本考の始まりは遅ればせながら文章の稽古というのが発端であったことは時々書いたと思うが、そのことは仕事の上では様々な事業戦略やブランド戦略等で活かされてきた。そして、いわゆる一線から退いてからは小説を書くというテーマへの挑戦に活かされていると思う。
 これまで古典的な書籍を一冊と電子書籍を六冊に成果として結実している。とくに電子書籍はアマゾンのKINDLEで出版しているので全世界が対象で出版していることになる。ただ、小説のタイプがいわゆる、それなりに文献を調べないと書けないものばかりなので平均すると年に一冊くらいの割合で出版していることになる。
 KINDLEの場合1ページ単位の計算なので何冊が売れたのか分からないが、この6冊の中でも確実に売れているのが「宗達はじまる―謎の天才絵師俵屋宗達の知られざる物語」である。こればかりは発売して4年だが毎月カウントされているので信じられないくらいだ。が他の5冊はほとんど読まれないと言っていい。
 私の本は一冊のエッセイ集(本考のアンソロジー)を除いてすべて、書き下ろしのものばかりであり、それらはすべて事実が下敷きになったものをフィクションで繋いでいるという体のものである。勿論、その典型が「宗達はじまる」でまさに生没年不明の謎の絵師俵屋宗達の謎の部分を繋いで小説にしたものであり、それも奇想天外な“勝手に宗達的“なものではないのでそれなりにロングセラーになっているのではないかと思われる。
 そんな「宗達はじまる」なのだが、本来この本にはオリジナルがあり、そのオリジナルの半分を取り出したのが「宗達はじまる」であり、もう半分は「北極のかなたへ」というミステリー小説に結実している。
 今年になって「宗達はじまる」の原型を読んでみたら、小説としては別の意味で面白いことが分かり、こちらも復刻版ではないが上梓してみようということになり新たに読み直して、手を入れて出版することにしたのである。ただ、これは700枚を超える長編小説になっているので物語としてはかなり読み応えのあるモノになっていると思われる。
 小説と云ってはいるが、小説の定義というのも分からないので調べると、小説とは「散文で書かれた虚構」・・・という分かりやすい定義で?とすれは「宗達はじまる」は虚構と言うより仮説である。この物語の真ん中に世にあふれている宗達に関した言説をはめ込んでほしい。そこでこの本の価値が分かるかもしれない。
 
「宗達はじまるオリジナル」は異なる物語を併存させながら書き進めたもので、ともかく二つの物語を二人の主人公を柱に書き進めたものである。この二つの物語は全く関係ないと思いながら書いていたのだが後で読み返してみるとこの二つは「血」というところで深く結びついていたことに書き手の本人である私が気づいたのである。いわゆる優れた、善なる血筋と、おぞましい語ることも憚れるような犯罪を成した血筋をもった人間の悲劇である。
 ただ、著者はその関連を知らずに書き進めていたのだが途中で気づいたのであった。したがって、そういう視点で読むと誰もが人間一人ひとりが持って生まれた宿命のようなものがその人の努力や善意を超えても逃れられないものが厳然としてある世界の中で生きていることを知るのではないかと思われた。
 
 私にとっての生涯のテーマは一人ひとりに与えられた能力や創造性は天生もの?努力で得られるものか?かどうかとことが最も興味あるテーマであった。このテーマは私がデザイナーという職を選択した時に芽生えたものであった。こんなことに取り憑かれたのは今では信じられないがこの職業がどちらかと言うと芸術家と同様に世間では扱われていた時代にこの道を選択しようとしていたからであろうし、本人がデザイン学校で学んでいる時も常に頭の片隅にあったことで在学中も自分がデザイナーという職業に従事することなどは不可能であろうと思いつつ学校に通っていたからであった。
 ところが世の中はよくしたものでそのような職種がぼちぼち出始めてきて、どうもそのような学校で学んだ人ならば誰でもそれで食べていくことが可能な時代になりつつあったのである。しかし、そんなことからそのような職を得て仕事をしてはいたが、常に自分にはそのような才能があるとは思えなかった。
なぜならばそのような才能を持っている証が何もなかったからである。唯一あったとしたならば遠縁者に文化勲章をもらった日本画家がいたくらいでその他には芸術的才能を持った人はいなかったからだ。要するに血の呪縛である。
 そんな呪縛から逃れるために最初に手にしたのがクレッチマーの「天才の心理学」という本であった。でもこの本は皮肉にもますます血筋が重要だというような確信を強めた気がしないではなかった。そんなことに対して救いの手と巡り合った。アーサー・ケストラーが書いた「創造活動の原理」という本であった。これは創造活動とは何か?どのようにして生まれるかという本であり、煎じ詰めれば創造性の秘密を解き明かすような本であった。正直これには救われた感があった。その後、私はDNAによる才能の確信ではなく、科学的方法論による才能の育成で長らえてきたと思われる。
 今になって思うのはやはり、血筋はあると思うし、その人物が育った環境も大きい気がする。たとえばNHKの「ファミリーヒストリー」という番組をご存知と思われるがこれなどはその最たるもので優れた才能は血筋以外にはないと思うような確信を抱かすものである。
そんなことを考えると、そういえば父がある時、我が家の先祖は鍋島藩の祐筆をやっていたと聞いた(しかしこの親父のこの手の話はかなり眉唾だ!)そうすると、私が本考を10年近く書き続けられるのはその血が流れているのかもしれない・・・(笑い)

*最後に「宗達はじまるオリジナル」はamazon Kindleで読むことができます。
本考の愛読者でご興味のある方は是非、ご一読を!1000円前後の値段ですが、コストパフォーマンスはかなり高いと自負しています。
                                   泉 利治
 2020年8月3日
 

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