ブランドワークス

Column

イノベーションの真実

 私は生来、天邪鬼なところがあるので人と同じことをやることや流行に乗ったりするのは一種の信条として絶対にしたくない。しかし経験則としてこれはビジネスをするうえでかなり損をするという一面がある。したがって、それを避けるためには流行する前にそれを実践して流行り出したら、そこから離れることにしている。しかし、そうばかりはいかないことが往々にしてある。たとえばイノベーションという言葉や概念をクライアントが使い始めて、このようなことをなんとか自社の中に持ち込みたいというような場合だ。そうすると我が神聖なる提案書にその言葉を使わなければならないことになる。
 たとえば以前“コアコンピタンス”という言葉が流行ったことがあった。クライアントの責任者はその流行りの言葉を使って自身の主張の正しさを経営会議などのあらゆる局面で使い自身の主張の先駆性をアピールした。しかし、私はその言葉を絶対使わなかった。それゆえかそのプロジェクト責任者とは最後までソリが合わなかった。もう20年以上前の話だが現在も年賀状のやり取りだけはどういうわけが続いているが年末の年賀状先を見るたびにコイツの年賀状は今年で最後にしようといつも思いながら最後には“本年もよろしくお願いします”と書かざるをえない。だが、私は現在、その言葉、コアコンピタンスを有効に使っている。
 前々回「デザイン経営」という概念について本考でふれた、それに対して前々回は基本的に論駁したのだがこの概念だけは何となく捨てがたく思ったのはこの言葉は別にして、この主張の成否はどうあれ、好意的にとらえているからである。私に言わせればこの概念は通産省の役人がその道の専門家を集めて作ったものでどこかズレていると思った。したがって、その主張に対して説得力が今一だなと思ったので論駁しただけであり、最後にこんな宣言文を読むくらいなら私の著書を読んだほうがよっぽど良いと思った。
 それを書いて数日後、私は所用で六本木ヒルズに出かけた。そして久しぶりスターバックスと続きのTSUTAYAに入った。もう10時を過ぎているクリスマス明けの夜なのに人は満杯だ。私の住む鎌倉の谷戸の奥とは何と違うのだろうか?でも世界はここから始まるのだなという感慨を覚えながら多くの書籍と人の間を縫ってショップとコーヒーテーブルの脇を歩いた。やはり、イノベーションに関する本はある。それも当然のことながら平積みになっている、私はその一冊を手に取った。というのは私の処女作「デザイン・マーケティング・ブランドの起源」の改変を考えていたからだ。イノベーションではなくリノベーションである。
なんとも現代の流行本のハードカーバーの表紙のデザインはこうなのだろうなと思わせるようなフォントを使ったデザイン(私ならためらうような書体)の本である。中身をパラパラめくって、目次を見てみると、ステーブ・ジョブスから始まってアインシュタインまでの逸話を書いているではないか。ましてこの本の厚さとそこに上げられている人物の多さから見るとその逸話の内容もどのくらい深堀したものなのかが想像できた。
 要するにイノベーションを説明し、理解させるために歴史的にイノベーションを成し遂げたと言われている人物の一種の評伝になっている。私の著書と同じ発想なのだ。こんな方法でしかイノベーションを説明できないのかと思うと同時に私の著書をリニューアルするということも一面真実なのだなと改めて思った次第である。
 たしかに私の書いたテーマは近代のクリエイティブビジネスの典型を作り出した3人の人物を取り上げた本であり、それは明らかに結果としてイノベーションであった。発想としてのイノベーションの流行を3年先取りしていた本のような気がした。私に言わせればビジネスマンにイノベーションを理解させる事例として、アインシュタインよりラルフ・ローレンの方がふさわしく、有意義である。
 私がこの本を書いた発想はデザイナーならではの気づきによって生まれている。多分、こんなことがデザイン経営の本質なのではないかと思う。デザイナーのこのあたりの発想とは何なのだろうか?大きな理由としてデザイナーは新しい、だれも思いつかないようなことを考えだそうという意識が最初に働く。かれらはデザイナーとはまずそういう存在であるということが染みついているからだ。そこが他の人たちとは違うと思う。結果として他の人が気づかない部分に気づくことになる。小さなことではちょっとした工夫をしたり、大きなことでは世界観を変えてやろうというような大それた道を突き進むことになる。
 自動車が生まれたころ、エンジニアはまず自動車を走らせることが大目的であった。故障せずに早く自動車を走らせることである。運転者を雨風から守るための部分は艤装と呼ばれる仕事でエンジニアはあまり考えもせずに馬車をそのまま持ってきた。自動車は馬車における馬の代わりにエンジンという動力で動く馬車で良かったのである。
 馬車発想から自動車発想の発想転換点は何かわからないが、T型フォードがそうかわからないが・・・何となく違う気がする、なぜならばかれにとってボディ形状などとるに足りないものであったからだ―どちらかというと画一的なT型フォードを王座から引きずり下ろしたGMの自動車のような気がする?GMは顧客の情緒的な嗜好が自動車にも及ぶという仮説の下で自動車を創り始めた。この発想はデザイン経営の発祥だった気がする。そしてイノベーションであった。その後、自動車もファッション的発想の衣服を着せて数年おきに買い替えてもらうことになった。デザイン経営は自動車産業のイノベーションを生み出して新たなビジネスモデルもつくり上げた。ちなみにドラッガーはこのGMのマーケティングとマネジメントを研究することでかれの学問を創り上げた。
 しかし、その発想の大御所はチャールス・ワースである。まさにファッション産業の創始者であるからだ(この人物については拙著で「デザイン・マーケティング・ブランドの起源」の第3部で取り上げている)。ただ、この結びつきは誤解を生みかねないデザイン経営はやはりそちらの分野ならではないのか?と言われそうだからである。しかし、GMの例は違う。
デザイン経営が一般的な企業人のタレント(才能)以外のものを必要としていることは間違いない。だが、通産省のアプローチはまだまだ生煮えのような気がする。しかし、今年はこのあたりを研究するのが面白そうである。
                                 文責:泉利治
2019年1月14日

Share on Facebook